22【臨終】
コンテナターミナルに到着したが、周囲を見回しても怪しげな人物の姿やサラの姿は無かった。
「サラぁッ!」
声をあげながら探す。
だが、当たり前だが返事は無かった。
すっかり暗くなってしまった周囲をスマートフォンのライトで照らしながら進む。
しばらくコンテナ周りをぐるぐると回って捜索すると、その途中で何かを見つけた。
「……さ、サラ?」
それを恐る恐る照らす。
すると、そこに現れたのは。
「……手?」
コンテナの裏から伸びた手だった。
もしかしたら、そこに転がされ、放置されているのかもしれない。
「サラっ! サラっ!!」
真っ先にその手に駆け寄る。
そして俺はその手を掴んでライトのもとに引きずり出した。
「……おっ、お前!?」
だが、俺が掴んでいたのはサラの手ではなく、男の手だった。
……見覚えのある顔だった。そうだ、こいつは。前に、俺を刺してサラに乱暴をした不良の男だった。
その頭からは血を流し、息は無かった。十中八九既に死んでいるだろう。
「マジかよッ……!」
周囲を見渡せば、他にも数体の遺体がある。おそらく彼らも、この少年と同じく殺されてしまったのだろう。
なぜここにその男たちがいるのか、なぜ彼らが死んでいるのか、その真相は分からない。
だが、ほぼ間違いなく言えるのはサラを誘拐した人物がこいつらを殺したのだろう、ということだ。
だとすれば、誘拐犯は間違いなくこの近くにいる。だが、これだけの人数が死んでいるということは複数犯の可能性も出てきた。俺は隠れている犯人が居ないかどうか警戒しながら、次の行動に移した。
「どこだ! 出てこい! サラを返せ!」
大声で呼びかけるが、返事はない。
また己の足で誘拐犯を探さなければならないのか、そう思いながら頭を抱えたその時、地面に残った血痕に気づいた。
その血痕は、一つの倉庫への道しるべとなるように、点々と続いている。
俺は、その血痕の続いている先の、蒲鉾状になっている倉庫へと向かった。
重々しいシャッターは人一人がしゃがめば通れるくらいの高さが既に開いており、俺はそれをくぐるようにして倉庫内部に侵入した。
電気はついていない。
ネットショッピングの倉庫のようなそこは、天井まで届きそうな棚に乱雑に商品が陳列されていた。
俺はその奥に向かって、注意深く一歩一歩歩みを進めていく。
そして、最奥にたどり着く直前。俺の視界に薄暗い光が映った。
「……ッ!?」
足音を殺して、俺はその灯りが全て見える場所へと向かった。
仄暗い灯りがともしている全貌を、俺は視界にとらえる。
映ったのは、触手のようなものに四肢を拘束され、大の字のように空中に吊るされているサラと、その横に立つフードをかぶった男、そして床に書かれた魔法円だった。
サラはほとんど下着姿だったが、身につけている服は俺が買い与えた物ではない。
露出した下腹部には、紋章のような模様が描かれていた。おそらくは、横に立つフードの男がやったのだろう。その男は、何やら熱心に地面の魔法円に手を加えていた。
俺は不意打ちをするため、ライトを消して静かにその背後に近づく。その背中の二メートルほど後ろに来たとき、男は口を開いた。
「サラは随分、力を手に入れた」
俺はバレたのかと思い冷や汗をかいたが、それでも無視して近づく。
だがそれでも男は話を続ける。
「これだけ術に適応出来ていれば、憑依も可能だろう」
そこまで言った後、男はこちらに振り返った。
顔を見られ、ぎょっとする。
「サラに、呪いを埋め込んだ」
「の、呪いっ!?」
「サラをのろいが包めば、やがてサラは魔の者へと変質する」
目の前の男は、信じたくない事実を告げてくる。
「そんなこと、信じろと言う方がおかしいだろう。それより、サラを返せ」
俺はダメ元で男に話す。
「それは無理である。命令には無い」
「だったら……っ!」
俺はサラに駆け寄り、その両手両足につけられた枷を外そうとする。
だが、その枷は予想通り、そう簡単に外れなかった。
「無駄だ。それより、取引をしようじゃないか」
「取引? お前と何を取引するんだ?」
「その為に呼んだんだ。お前、サラと契約を結んだだろう」
「契約なんかしてない」
「本当にそうか? 青い光を見たことは? サラに記憶を見られたことは? それはすべて、契約の一種だ」
青い光、記憶を見る。それらは全て、彼女が俺の元へやって来たときにしたことだった。
「俺が求めることはただ一つ。サラと契約を切れ。そうすれば、命だけは助けてやる」
「そんな条件で、サラを見捨てるわけがないだろう」
「莫迦はよせ。俺とお前の力の差わかるか? お前に勝ち目は無い。今、お前は俺の申し出を拒否できる立場にない」
「だとしても、俺は約束したんだ」
感情に任せて、別れる直前にひどいことを言ってしまったとしても、それでも俺はサラを守らなければならないと心に決めたんだ。
だから、今、この状況でサラを見捨てて自分の命だけ助かるなんてこと、できない。
「それは、残念だな。では、殺してでも契約を切らせてもらおうか」
「はっ……」
男はそう言うと、何やら呪文を唱え始める。
おそらく、それが彼の言っている殺してでも契約を切る方法だろう。
俺は、契約が何か、契約がどんな効果をもたらすのかを分かっていない。
だが、もし俺が今から本当に殺されるのだとしたら。その前に、こいつをやるしかない……!
幸い、呪文を唱えている彼に隙は大きい。
俺は、呪文を唱えることに集中しているその頭を、思いっきり蹴っ飛ばそうとした。
瞬間。
周囲に、爆音が響いた。
「……え?」
違和感を覚えて左胸を見下ろす。
そこには、風穴があいていた。
「この世界の武器は、非常に便利だな。術を唱えなくても、簡単に人を殺せる」
そう言う男の右手にはS&WM10。
俺は、その銃に左胸を撃ち抜かれた。
「死に給え。契約解除は、死体を通して行わせて貰う」
俺はその言葉を最後に、意識を手放した。