閑話【訣別】
ゼノヴァス・エティマドンナは、私の幼馴染だった。
私の親が国王だということもあって、舞踏会や祝祭、式典などで彼の顔はよく見た。
お互いが幼い頃は、よく話をしていたと思う。
王城に居場所の無かった私は、彼が王城にやってくる日をいつも心待ちにしていた。
彼の笑った顔が好きだった。彼の強いところが好きだった。彼の優しいところが好きだった。彼のいつも気にかけてくれるところが好きだった。
──彼の、全てが好きだった。
だから、私を政治のカードとして、政略結婚させようとしていた父が私をゼノヴァスと結婚させる、と発表したとき、私は天にも昇る気持ちだった。
今の時代、貴族の女が恋愛結婚できるわけがない。私も、どこかのよく解らない貴族に嫁がされて孕み袋にさせられるものだと思っていたから。
だから、隣のエティマドンナ公国の皇太子と結婚できると知って、私は自分のこれまでの不運がすべて報われると思っていた。
だが、現実は違った。
結婚後にやってくると思っていたゼノヴァスとの幸せな生活は、結婚前に一生訪れないものとなってしまったからだ。
崖を背に城下町があるこの国は、攻め込むには崖に沿って建設された城壁を超える必要がある。それゆえ堅牢な守りの王国であった。
が、ある時、この国の豊かな農作物に目を付けた国が同盟を組み、数十万という兵でこの国に攻め入って来た。
結果、防衛戦には成功したものの、この国の兵士は潰走状態となった。
数十万という兵力を防衛できたこの国を警戒して再び同盟国が攻め入ることは無かったが、防衛能力が大きく落ちたのは痛手だった。
そして。
その戦争で、ゼノヴァスも死んだ。
彼の笑った顔は悲痛に歪んでいた。彼の強いところは見るも無残に切り裂かれていた。彼の優しいところはもう見ることができなくなった。彼のいつも気にかけてくれる心はもうない。
私は、一夜にして全てを失った。
だが、不幸はこれだけでは終わらなかった。
私の父は禁術でゼノヴァスをよみがえらせることができる、と言った。
まだ十二だった私はその言葉に縋り、ゼノヴァスの蘇生を望んだ。だが、これが間違いだった。
よみがえったゼノヴァスは生きていた頃のような生気は既に失っており、父の傀儡になってしまった。
私に対しても、誰に対しても感情を表に出すことは無くなってしまった。
あれは、体が動いているだけで魂が入っていないと思えるくらい、彼に意思は存在していなかった。
そして十四歳の誕生日。
そんな彼と結婚するというのは耐えられなくなって身を投げた。
彼との訣別。家族との訣別。それを願った、私の最初で最後の意思表示。だったはずなのに。
彼は再び、私の前に現れてしまった。