21【アイドルとプリンセス、その狭間で】
カフェで旗乃と別れた後、俺は一度GISの分析の為に自宅に戻った。
「ただいま」
玄関を開けると、リビングではサラが本を開いていた。
「……何を読んでるんだ?」
「…………」
俺の呼びかけに対して、サラは返事しない。
仕方なくサラに近づき表紙をのぞき込む。タイトルを読むと、『ソロモン王の小さき鍵』と書かれていた。
「……それ、なんだ?」
「魔導書よ」
いつもより冷たく、サラは言う。
「……魔導書? どこでそんなもん手に入れたんだ」
「あんたのパソコン使って、アマゾンで買ったわ。セール中だったみたいだからね」
「そうか。でも、随分綺麗に装丁されてるみたいで高そうだけど、いくらくらいしたんだ?」
「大体三万くらい」
「高ッ!? 何がセールだよ! プレステが買えるじゃねぇか!」
「いいでしょ、別に。私のこと大事だと思ってるなら、私が元の世界に戻るための手伝いで本くらい買ってくれてもいいじゃない」
「だからって限度があるだろ……!」
俺の言葉に、だがサラは返事をしない。
そのままプイっと顔を背け、再び本に視線を戻した。
……勝手に金を使って魔導書を買い、自分は大事にされていないと勘違いして。
「……いい加減にしてくれ」
その態度につい、本当につい、ぽろっとそう言ってしまった。
言った後にしまったと思ったが、既に後の祭りである。
サラは俺の言葉に怒ったのか、こちらに怒りの視線を向けてくる。
「あっ、す、すまん……! これは……!」
「……あんた、この間は私に対して『唯一の家族』みたいなことを言ったくせに、本音ではそう思ってたわけね」
「違うっ! そうじゃなくて……」
「言い訳は無用よ。そういうことなら、私もここに長居はしない。出て行かせてもらうから」
「ちょっ、ちが……!」
「『蟲術・金縛』」
「へぁっ……!?」
サラが左手をこちらに伸ばして何かを呟く。するとサラの左手から五芒星が現れ、直後全身が硬直して動かなくなった。
「な、何を……」
「東洋の陰陽術、ネットで調べて知ったから試してみたけど、かなり馴染むわね。安心して。金縛りと一緒で、しばらくしたら動けるようになるから。私が遠くに行く間、動けなくなるだけよ」
「お、俺が……、わるかっ……」
声がかすれながらも、俺は懸命にサラに話しかける。
ちがう。俺は決して、サラに離れて欲しくて言ったわけじゃない。……だから、そんな悲しそうな顔を見せないでくれ……。
「……さよなら」
その一言を最後に、サラは俺の視界から消え、アパートを後にした。
それからおよそ一時間。
ようやく解けた金縛りから解放され、真っ先に玄関から飛び出す。
しかし、当たり前だがサラの姿は無かった。
ひとまず俺は持たせたスマホに電話を掛ける。
「……出ない」
予想通りだ。四コールしても、電話に出る気配がない。五コール目で切ろうとして、電話が繋がった。
「サラ、ごめん、俺が悪かった。だから、機嫌を直して戻ってきてくれ、お願いだ……!」
……返事は無い。
「サラ? サラ!? 返事をしてくれ!」
まさか、この間の不良少年のような目に遭ってるのか!? そう思って思わず声を荒げる。
それに対する返事は……、ない。
「おい、何とか言ってくれよ!」
受話器の向こうにいる相手になんとか話しかける。
「おまえが、カンザキか」
「……っ!? だ、誰だ!?」
数度目の呼びかけに対して言葉を放ったのは、サラではない相手。その声だけでは男とも女ともとれた。
「サラは、あずかった。かえしてほしければ、ここにこい」
「おい、サラは無事なのか!? おい!」
俺の呼びかけに、そいつは返事をせずに電話を切った。
誘拐犯のもとに来いと言われても、場所も分からなければどうしようもない。うなだれかけたとき、スマホにメールが届いた。
送信者はサラ。この状況で送ってきたということは、十中八九誘拐犯だろう。
メールにはただ一枚写真が添付されているだけ。
画像を開くと、横たわったサラと後ろには倉庫が映っていた。体育倉庫のようなものではなく、コンテナなどを置いておくような、業務用の倉庫だ。そしてその画像の端に海も見えることから、場所はほぼ一箇所に特定できた。
「常ヶ丘第一コンテナターミナル……!」
俺は、言われた通りにコンテナターミナルに向かうことに決めた。
ここで、サラを見捨てるわけにはいかないんだ。
このままサラと別れたままは、寝覚めが悪いだろ。
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衝動的にカンザキの家から飛び出してしまった。
だが、今までの態度から考えるとここ数日の様子は明らかにおかしい。まるで、私より大切な相手ができてしまったみたいなよそよそしさを感じる。
それが、言葉にできない不快感となって私を襲っていた。
「……全部、カンザキが悪いんだもん」
自分の行動を正当化するようにつぶやく。
正直、この後行くあてはない。でも今は少しでも遠くあの家から離れたかった。居心地の悪さと罪悪感から逃げるように、頭を振る。
五分ほど走ったあたりで、私は足を止めた。
「……何がしたいんだろう、私」
足を止め、頭を冷やせば冷やすほど、この行動がいかに子供らしく馬鹿らしいかがよくわかる。
私は居候である分際で、居候先の住人の態度に一喜一憂して、あろうことか自分の、イラっとした、というたった一つの理由だけであの場所を自ら捨てたのだ。
後悔したがもう遅い。私の居場所は、もうあの場所にはないのだから。
先ほどとは打って変わって、とぼとぼとした足取りで道を進む。
私はこれで、二度自分の居場所を失った。一度目は王城で、家族から虐げられて。二度目は今、自分から。
こんなことになるならば、あのとき、身を投げたときにそのまま死ねていればよかったと思う。
だが、現実は違う。こうして両の足で、地面に立っているのだ。立ってしまっているのだ。
その、自分への嫌悪感から、常に下を向いて歩いていたせいで前方への注意力がおろそかになっていた。
「あたっ……」
前からやってくる人と、ぶつかってしまった。
「す、すみま……、……ッ!?」
そして、その顔を見て驚愕する。
目の前に立っていたのは、いる筈の無い人物だった。
「迎えに、来ましたよ。お姫さま」
「あんたはっ!?」
ゼノヴァス・エティマドンナ。目の前の男は元婚約者その人だった。
「『ンデロ・ソワカ』」
そう気づいたときにはもう遅く、私は彼の術によって眠らされてしまった。