18【アイドルの目指す処】
「というか、旗乃はどうしてアイドルを目指したんだ?」
スマホを仕舞った俺は、ふと気になりベッドに目線を向ける。
俺がこれまで持ってきた生徒ははっきりした理由でも、ざっくりした理由でも、夢を持つに至った経緯はあった。
俺は、旗乃がどうしてアイドルになりたい、と考えるようになったのかが知りたかった。
「私が子役で売れなかった頃。私はその頃になるとほとんど仕事の話も入ってこなかったから、中学に入っても仕事が増えないなら芸能活動は辞めようと思ってた。そんなときに会ったのが迷路メイロさんだった」
「マジで?」
迷路メイロ。彼女は有名だろう。
多くのゴールデンタイムの番組に引っ張りだこであり、アイドルグループ「MARIJA」のセンターでもある。
あまりテレビに詳しくない俺でもまよめいとかめいろんと言われたら迷路メイロだと分かるくらいには有名だろう。
「メイロさんとは朝の子供向けの番組でそのときに初めて共演した。そのときの私はかなり芸能活動には消極的になっててね。有終の美を飾ろうとして、やる仕事全部を最後の仕事だと思って取り組んでた。その姿勢を見たメイロさんは、私にさっきの貴方と似たようなことを質問してきた」
旗乃は過去を思い出すように遠くを見つめながら、話し続ける。
「『やる気がないならテレビに出るのは辞めて』ってね。その時はテレビに出てるほどの大女優がそんな辛辣なことを言うと思ってなかったらがっかりしたのと同時に、かなり恐怖を覚えたわ。でも、メイロさんはそのあとにすぐに笑って、私の頭を撫でてくれた。そして、『私と同じ目線に来て。そして、同じ世界を共有しましょう。私は、世界が全部輝いて見えるから』って言われて。その時はよくわかんなかったけど、しばらく、メイロさんが言ってたことを考えてたわ」
俺は旗乃の話を静かに聞く。
これが彼女の歩んで来た人生であるということ、そして、その情報は今後の俺と旗乃の関係を築く上で最も大切なものだから、一文字も聞き逃すわけにはいかなかった。
「そのときには、結局メイロさんが言ってたことは理解できなかった。でもあるとき、メイロさんのライブでバックダンサーをさせてもらったときがあってね。そのときのステージから見た世界は、メイロさんの言ってた通りキラキラしてた。そして、メイロさんと同じ世界に立ちたいって思ったの。……今ちゃんと思い出してみれば、確かに、それが私のテレビを目指す理由だったのかもね」
先ほどまでの自分の行動をあざ笑うかのように、自嘲気味に笑う旗乃。
「……有名になりたいという理由、良く解ったよ」
ただステージに立ってプロの世界を見ただけ。
たったそれだけだったのかもしれない。が、夢を持つきっかけというのは、意外にその程度でいいのかもしれない。
世の中夢に向かって走る人たちはみんな、案外そんなものなのかもしれない。
テレビでイチローを見たからプロ野球選手を夢見る。テレビでAKBを見たからアイドルを夢見る。ジャンプでドラゴンボールを読んだから漫画家を夢見る。
その世界で活躍してる人を見てかっこいいと思い、その世界を夢見る。夢を持つ理由としてその程度、と思うかもしれないが、それ以上ない理由だろう。
「それだけの思いがあるんだ。これは、俺の重荷がますます増えるな……」
プロデューサー業。一度も経験したことがないせいで、勝手も定石も何もかもが分からない。だが、講師として、子供の成長を見守る大人の責任として、道を用意する為に手を抜くことは許されないだろう。
「……やべぇ、めちゃくちゃ大変な気がしてきたぞ……」
「まぁでもそれがプロデューサーの仕事だからね。頑張ってね、プロデューサー」
「そんな、他人事みたいに……」
とにかく、前線で活躍させるため今俺がやるべきことは、旗乃になにを求めるかを考えるべきなんだろうな。
「……だめだ、何も思いつかん」
「いきなりだからね。とりあえず今日は寝ようよ」
「……あぁ、そうするしかなさそう、だな」
不甲斐ないが、思いつかないものは仕方がない。
ひとまず今は眠って、英気を養うしかないだろうな。
俺はテーブルに改めて突っ伏して、そのまま目を閉じた。
◇◆◇
「……さー、プロデューサー」
「…………んん、んぁ?」
肩を揺すられて起こされる。目の前に旗乃。一瞬びっくりしかけるが、以前にもサラで同じことをやった気がして思いとどまる。
そう言えば昨夜は枕営業をしようとする旗乃を止めて、流れでこうなったんだったか。
手元のスマホで時刻を確認すると、朝の六時。
「やっと起きたね、プロデューサー」
「……まだ六時じゃないか」
「学校の時間もあるし、一旦家に帰っておきたかったから」
「学校……」
そこまで考えて、俺は顔から血の気が引いていくのが分かった。
いや、それは語弊があるな。それまで考えないようにしていたことに面と向かって向き合わなくてはならなくなってしまったため、今になって焦った、という表現の方が正しい。
「あ、朝帰りになっちまった……。お、親御さんは心配してないのか!?」
「ん、大丈夫だよ。レッスンで遅くなることは結構あったから、養成所に泊まり込みになることも結構あったし」
「……そうだったのか」
とりあえず、保護者の方には見苦しい言い訳はせずに済みそうだ。
「それにしてもプロデューサー、何しても起きないんだね。キスしても起きなかったよ」
「はぁっ!? な、なんてことを……!」
自分が知らぬ間に犯罪者になっていたとか、世にも奇妙な物語過ぎる……!
「あははっ、冗談だって。……とりあえず早く帰らないと遅刻しちゃうし、一旦家に帰ろ?」
「なんだ……。心臓止まったかと思ったぞ……」
俺は旗乃を連れてホテルを出る。
ホテルは駅前と言えど裏路地に入った場所にあったため、幸い俺が女子中学生とホテルから出てくるところを目撃されることは無かった。
塾の帰りに旗乃を見かけたと言うこともあって、旗乃の家はそれほど遠くにある、ということは無く、ホテルを出てから十数分、俺たちは無事に家にたどり着くことができた。
「じゃ、プロデューサー。今日はこれでお別れだけど、ちゃんと私をプロにするってことは忘れないでね」
「あぁ。ちゃんと、考えておくさ」
「それじゃ、よろしくね」
旗乃は門の前で手を振り、玄関を開けようとする。
その直前、こちらに振り返った。
「そういえばプロデューサー、私のアドレス知らなかったよね」
「……あぁ、確かに」
「このままだと不便だし、交換しようよ」
「まぁいいけど、イタズラとかは辞めてくれよ」
「私がそんなことする人に見える?」
「昨日と今日一日で悪戯好きだっていうのはよく理解できたけどな」
「ははっ、そんなに気にしなくても、必要なときに必要なことしかメッセージしないから安心してよ」
そうして、俺は旗乃とアドレスを交換した。
「それじゃ、これでほんとにお別れだね。それじゃ、またね」
「……あぁ、また」
「次に会ったときはちゃんと私がトップアイドルになる方法、考えておいてよね」
「善処する」
旗乃は俺の返事に笑うと、そのまま家に入っていった。
その姿を見送って、俺も帰路につく。
幸い旗乃の家からは十分もかかることなく自宅に到着することができた。
「ただいまー……」
一日でいろいろなことが起こり過ぎていて、正直頭の整理が追い付かない。
それに、旗乃を一流にすることだって、常ヶ丘に入学させることだってめどが立っていないのだ。
少し先の目標が定まっただけで、内容は何も決まっていない。
よし、気合を入れてアイデアを考えよう! そう思い立って俺は顔を上げる。
その目線の先には、怒り心頭のサラが居た。