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16【堕ちたアイドル】

 頭で何かを考えるより先に、体が動き出す。


「板谷さん!」

「きゃっ!?」

「ちょっ、何者なんだね、君は!」


 俺は小太りの男がこちらに何か行動を移すよりも早く板谷さんの腕を引いて走り出す。

 特に目的地は決めていないが、とにかく今は小太りの男とできるだけ遠くまで距離をとるため走り続けた。

 しばらく走ると駅前の人通りが多い道までたどり着いたため、もう安心だろうと言うことで足を止める。


「……ですか」

「え、なに」

「なんてことをしてくれてるんですか!」


 足を止めて一番、板谷さんは俺にそう怒鳴ってきた。

 時刻は十一時過ぎだが、駅前ということもあり人通りはかなり多い。そのため、板谷さんの声に驚いた通行人の何人かは驚いてこちらに振り向いた。


「な、なんてことって……」


 俺は予想に反した反応に、たじろいでしまう。


「俺は、ただ君が襲われてるんじゃないかと思って……」

「襲われてません! ……これが最後の、これが最後のチャンスだったのに!」

「チャンス?」

「……そうです。あの人は音楽番組のプロデューサーだったんです」


 俺は唖然とする。それは、様々なことに対してだった。

 身体を売ってまでデビューしようとするほど追い詰められていたのか、という感情。俺が、もしかしたら一世一代の大チャンスを潰してしまったのかもしれないという心苦しさ。こんな年端も行かない少女が身体を売らなければデビューできないテレビ業界の闇に対する怒り。


「とにかく、ここじゃあ目立ちます。場所を移動しましょう」

「あ、あぁ、そうだな」


 とにかく俺はまず彼女から詳しい話を聞くために、彼女についていくことにした。


 そして、ついていくこと数分。連れてこられたのはホテルだった。


「ちょっ、なんでここなんだ……!」

「いいじゃないですか。こんな時間に空いてる店なんてないですから、不可抗力です」

「そうは言っても……!」

「それに、私の芸能界デビューを潰したんですから、これくらいで文句言うなら警察に通報されるくらい覚悟してください」

「そ、そんな……」

「それが嫌なら、文句は無しです」


 この状況、万が一にでも学校関係者や塾関係者に見られるとまずいんじゃないか……!?

 しかし、やってきてしまった手前今更退くことはできない。俺は何か忘れている気がしたが、とにかく今は彼女から得られる情報を最大限引き出すことが重要だと信じて、ここは恥を忍んでホテルに入った。


 エレベーターで部屋に向かっている間、お互いに無言で気まずい時間が流れる。

 部屋に入ると、板谷さんは真っ先にベッドに飛び込んだ。

 疲れている様子で、うーんと一度伸びをすると首だけこちらを向いて話し始めた。


「……もう、バレてしまったならしょうがないですよね。私は、将来音楽関係の道に進みたいんです。あわよくば、アイドルの道に」

「そ、そうか……」


 板谷さんが話始めたため、俺はひとまず話を聞こうとこの状況については頭から追い出すことにした。


「私はもともと、芸能界で働いてました。子役の「はたのちゃん」って言ったら、聞いたことくらいはあるでしょ?」

「……確かに、見たことあるぞ」


 その昔。俺が中学生とか高校生くらいの頃、子役のはたのちゃん、という少女が一時期ドラマのわき役や車等のコマーシャルでよく取り上げられていた。


「その頃は私にもいろいろ仕事は来てたんだけどね。私が歳を重ねていくにつれて子供、というブランドが徐々に使えなくなっていったテレビ業界からは、ちょっとずつ干され始めたの」

「……」


 何とも残酷な現実だ。テレビではドラマなどで一躍有名になった子役たちが、そのまま中学生、高校生タレントとしてテレビに出ているのであまり気にしたことは無かったが、確かにそう考えると消えていった子役、というのも多い気がしてきた。


「それから、私は中学一年生に上がったタイミングで雑誌のモデルとしてもう一度デビューした。その頃の私は、『昔は子役だったから』っていう自信があって、再度テレビデビューできる日はそう遠くないって信じてた。……けど、結果は真逆」


 そう俺に話す板谷さんは、悲痛な表情を浮かべていた。


「中学一年の夏になっても、冬になっても、中学二年に上がっても、一向にテレビの仕事は来なかった。同世代の表紙を飾るような女の子たちはテレビで見かけるのに、どうして私だけ、そう思った。それでもテレビで活躍する夢を捨てきれなかった私は、中学二年の夏、秋葉原で地下アイドルのオーディションを受けた。テレビに一時期出てたって経歴もあったから受かることはできたけど、それでもただの地下アイドル。メイド喫茶に併設されたステージで踊っているだけじゃ、テレビ関係の人にはほとんど見向きもされなかった。誰もスカウトなんてしてくれなかったのよ」


 そこまで話すと、くわっと目を見開いて、俺を睨む。


「だから、何とかしてテレビに出ようとして、テレビ局に入ってデビューさせてくれって頼んで、やっとの思いでプロデューサーの人に捕まえて貰えたっていうのに!」


 瞳に涙を湛えて俺を睨みつける板谷さん。


「それを、先生は全部水の泡にした!」


 その眼は怒りに燃えていた。俺に対する、純粋な怒り。


「それで、テレビに出られれば身体を売ってもいいと考えたんだな?」

「だったら、何が悪いの! じゃなきゃ、枕営業なんて言葉は生まれないでしょ!」

「確かにな。だったら一つ、俺からも話をしなきゃいけない」

「あんたから聞く話なんて、一つもない!」

「そうか。じゃあ聞き流すだけでもいい。まず一つ。あの男が音楽番組のプロデューサーだって証拠はどこにある?」

「それは……。て、テレビ局に居たんだから、少なくともテレビ関係者のはずでしょ!?」

「……そうかもな。じゃあもう一つ。あのとき俺が止めず営業が成功していたとして、板谷さんが本当にテレビに出れた保証はどこにある?」

「……っ!」

「俺は、板谷さんの話を聞いて疑問に思ったよ。『どうしてこんなにも自分で行動できるのに、最後の最後が他力本願なんだ』って」

「たっ、他力本願なんかじゃない!」

「いや、他力本願だ。テレビに出たいから雑誌の読モを始める、テレビに出たいから地下ドルとしてデビューする。それは本当にいいことだと思う。自分から、夢に向かって行動しているわけだからな。だが、その先に何を求めた? 板谷さんは、『スカウトしてくれなかった』、そう言ったんだ」

「そ、それのどこが他力本願なの……!」

「立派な他力本願だろう。どうして地下ドルになったり読モになったりする勢いはあるのに、テレビのオーディションには出ないんだ」

「それは、事務所を通さないといけないからで……!」

「じゃあなぜ事務所に直接直談判しないんだ?」

「それは、事務所から仕事が来ないから……」

「じゃあなぜ同世代の子たちはテレビに出ているんだ? 仕事は絶対にある筈だろう」

「それは……。……そっ、そんなの、知らない!」

「俺が思うに、板谷さんにはテレビに出て何がしたいかがない。だから仕事が来ないんだと思うぞ。今の板谷さんにあるのは、テレビに出たいっていう執着だけだ。テレビに出た後にどうしたいのか、その意思が、さっきまでの板谷さんの話からはほとんど感じられなかった」

「…………ッ!」

「板谷さんは、テレビに出てどうしたいんだ?」

「わたっ、私がテレビに出てしたいこと……」


 俺の話を聞いて、板谷さんは考える。

 しばらく黙って、板谷さんはひとつの結論を導き出した。


「私は、テレビに出ていろんな人を楽しませたい……、んだと思う……」

「ほう、それはどうして?」

「小学生の頃は、まだ少なかったけどテレビの仕事はたまに来てた。幼稚園の頃はもっと。その頃のことなんてほとんど覚えてないけど、でも、私の出た番組をみて、同級生の子たちが喜んでくれてるのがすごく嬉しかったのを憶えてる」

「……成程な」


 俺は、板谷さんがその答えを導き出したことを嬉しく感じた。


「なら、今からやることはそんな違法ギリギリのことじゃないんじゃないか?」

「……何をすればいいの」


 板谷さんは、これまでの話を聞いてすっかり俺の話を聞いてくれる姿勢になっていた。


「何って、一つだけだよ。有名になればいいのさ」

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