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15【テスト対策をするプリンセス】

「私は中学二年生の女児に発情し、あわよくばと手を出しかけました」


 そう書かれた札を首から下げ、片目を潰されかけた俺は、サラに正座させられそして見降ろされていた。

 両腕は後ろで固定されている為、満足に立つことすらできない。俺は仕方なくその姿勢のままサラに話しかけた。


「……誤解は解けましたか」

「まぁ半分はね」

「ならこれをなんとかしてほしいのですが」

「ダメよ。解放したらあんたまた私に襲い掛かってくるでしょ」

「しねぇよ!」

「ひぃっ、こわいこわい! また私襲われるのっ!?」


 わざとらしくおどけた様子を見せるサラ。


「しないからこれを外してくれ!」

「人にものを頼むときは態度ってものがあるでしょうが」

「……結束バンドを外していただけないでしょうか」


 サラは俺の言葉に暫くにらみつけていたが、あきらめたようにはぁ、とため息を吐いた。


「あんたが居ないと私、晩御飯も食べられないものね。……でも、次襲ってきたら(タマ)()るから」


 サラはそう言って俺のバンドを切り離した。


「そんな言葉、俺でも使わないのにどこで覚えてくるんだ……」

「YouTubeのゲーム実況で見たのよ。ヤクザのゲームで」


 ……コイツ、さてはこっちの世界結構満喫してるな? と思ったが、俺は口には出さない。

 それでもう一回縛られたらたまったもんじゃないからな。


「いいから、早く料理を準備なさい」

「……はいよ」


 さすがお姫様、というべきだろうか。人を顎で使うことに関しては随分と手馴れている。

 俺は昨晩余ったカレーライスを冷蔵庫から取り出しレンチンすると、皿に乗せて出す。


「……今日もカレーなのね」

「しょうがないだろ、余ってるんだから。余り物から消費しないと、食べ物がもったいない」

「もったいないって感覚、私にはあんまり分からないけどね」


 そう言いながらもサラはスプーンを動かす。

 半分ほど食べたあたりで、サラは俺の目をじっと見つめてきた。


「……何だよ」

「あんた、どうしようもない悩みを抱えているわよね。顔にそう書いてあるわ」

「……まぁ、いろいろあってな」


 塾で板谷さんと起ってしまったもろもろは、正直未だにどうすればいいのか答えが出ていない。だが、これは俺がどうにかしなければいけない問題なのだ。


「話しなさいよ」

「……いや、これは俺が解決するべき問題だから」


 そう言うとサラは明らかに不機嫌そうになった。


「何よ。ちょっとくらい相談してくれたって良いじゃない」

「……彼女の問題はそんなに簡単なものじゃない」

「また女? あんた、女の子の問題をいくつ抱えたら満足するわけ?」


 サラはそう言うと、プイっとそっぽを向いた。


「……私じゃ解決できないかもしれないけど、相談くらいはしなさいよ。だって私は、あんたの、か、家族なんだから」

「……あぁ、そうだな。行き詰ったら相談するよ」


 俺は頬を染めてそう言うサラに、笑って返事をした。

 その言葉を聞いたサラは何か言い返そうとしたが、結局何も言わないまま再びスプーンを動かし始める。

 そしてきれいに食べ終わると、こちらを向き直った。


「それじゃ、晩御飯も食べたし勉強するわよ」

「えっ? もう十時だぞ?」

「何よ、時間あるじゃない。それに、テストが二週間後まで迫ってる現状で寝てる暇なんてないでしょ? とりあえずあんたが分かる数学だけでも今教えなさいよ」


 サラはそう言いながら、先ほどまでカレーを食べていたテーブルに今度は教材を広げた。


「ま、やる気があるならいいか」


 そしてサラが開いているページを俺も見る。

 演習をしているのはちょうど平行線と角の単元だった。


「……この平行線と角って単元、私には演習する意味がさっぱり分からないんだけど。やる意味ってあるのかしら?」


 平行線と角。確かに実生活ではあまり利用することのないものである。だが、これはできなかったらできないでかなり不便なものでもある。


「確かに、高度に発達した文明であれば平行線と角の学習なんて一般人は必要としないだろう。だが、これはあくまで高度に発展した文明ならば、の話だ」


 サラが耳を傾けてくれているのを確認した俺は続ける。


「例えば二階建ての家を作りたいとき、どうする?」

「どうするって、そのまま建てればいいじゃない」

「それではほとんどの場合、そのまま建てた二階の床が傾くだろう。そんなときに使えるのがこの単元の内容だ」


 そう言って俺は三角定規を二つ取り出し、それを使って紙に線を書いた。


「こうして片方の定規を直線にあてて、もう片方をその辺に沿ってくっつける。最後に直線側の定規を動かすと……、ほら、平行線が書けるだろ」


 実演するとサラは不思議そうにした。


「平行線が書けることは分かったけど、これが何の役に立つのよ」

「これは実質、木の棒が三本あれば平行線はいくらでも伸ばすことができる、ということになる。角材の端を同じ角度で切り、その角度に合わせて三本目の角材を沿わせるだけで、平行か知ることができるんだ。わざわざバケツとかを使って二階が水平になっているか確かめるよりもはるかに楽な方法だ」

「……成程」


 俺の説明を聞いたサラは自分でも試すように三角定規を使って平行線を書いている。

 こうやって、日常にある技術と併せて説明することは学問を学ぶ姿勢になるきっかけだろう。

 俺の説明でサラが興味を持ってくれれば、それは大きな成果だ。

 サラはその後、俺の話を聞いてなのか、元からのやる気なのかは分からなかったが黙々と演習を行っていた。

 一時間ほど勉強している様子を見守っていると、ある程度演習が終わったのかテキストを鞄に仕舞う。


「今日はとりあえずこれで終わるわ。数学は何とかなりそうだし、他の科目についても明日以降教えてね」

「……英語は教えられるか分からないけどな」


 俺の返事をきいてクスリと笑ったサラは、そのまま寝室に向かっていった。


「俺も寝るか」


 サラがうちに住むようになってからというもの俺は寝る場所を確保することが難しくなったため、俺は新しく敷布団を買い、届いてからはリビングで眠っている。

 今日も今日とてサラと同じベッドで眠る訳にはいかないので、リビングに布団を敷いて横になった。

 横になると、夕方の授業の内容が嫌でも思い出される。

 嫌なの! と声をあげて自身の事情を語ることを拒否した彼女。俺は彼女が何故拒否したのか、その理由がわからなかった。

 おそらく夢を明かしたがらないことと、家庭と本人で志望校が違うことについては深く関係し結びついていると思われる。

 だが、彼女をサポートしようにも肝心の夢が分からなければ適切なアドバイスも、一緒に悩むことだってできない。

 そのためにも、俺は彼女についてしっかりと事情を聞いておく必要があった。


「……来週の授業は、そこをしっかりと聞いておく必要があるだろうな」


 何故夢を明かしたがらないのかを聞く。そして、それがどんな内容であってもしっかりとサポートする、という意思表示をする。これらを行わない限り、彼女との間に信頼関係を結ぶことは不可能だろう。

 俺はそう心に決め眠りについた。


 だったはずだった。が、意外にも早くその時は訪れる。

 深夜一時。あまり寝付けなかった俺は、眠気が来るように軽く運動をしようと近くのコンビニまで走ることにした。

 その道中にあるホテル前に、彼女は居た。


「こんな若い子を抱けるなんて、役得だよねぇ~」


 連れ添って歩いているのは小太りの中年。

 板谷さんは引き攣った表情をしながらも、抵抗せず肩を抱かれている。

 俺は、まさにその瞬間を目撃してしまったのだった。

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