10【公立中学通いのプリンセス】
「それじゃあ、行ってくるから」
玄関にはセーラー服に身を包んだサラが、今にも出発しようと立っている。
元は海兵が纏っていた服であって白人が着るものだったはずだが、俺には外国人がセーラー服を着ている、という様子に慣れていなかったせいで、どうしてもコスプレっぽく見えてしまう。
「あ、あぁ。忘れ物ないよな? 筆記用具はちゃんと持ったか?」
「んもう、私を幼稚園児か何かと勘違いしてない? 大丈夫だって、私のことは心配しなくても」
「そ、そうか……。も、もし学校でいじめられそうになったら言うんだぞ?」
「わかったって! そんなに引き留めてると遅刻するんですけど! 転入初日に遅刻とか、それこそいじめの原因になるじゃない!」
「あ、そ、そうだな……。それじゃあ、気をつけろよ?」
「……はい、行ってきます」
市役所に行ってから数週間は待っただろうか。
書類の結果は「合格」。サラは晴れて日本人となったわけだ。
それからというもの、転入届が認められるまでの間、学校の鞄や筆記用具、教科書、制服に体操服と様々なものを買うために奔走した。
そして、今日。
とうとうサラは中学二年生として地元の公立中学に転校することになった。
十一月の半ばと少々中途半端な時期ではあるが、可愛い転校生は歓迎されるだろう。いや、されてもらえないと困る。
……それにしても、不安だ。
今日は毎週ある非番の日で一日暇だが、そのせいもあって家にいる間はどうしてもサラのことを考えてしまう。
給食で日本の食文化にしっかりついていけているだろうか、とか、掃除をする文化に慣れているのだろうか、とか、そういったことばかりが頭をよぎってしまう。
そうやって暇を持て余して行き過ぎた心配ばかりしてしまった俺は、何とかその気持ちを紛らわせようと少しの間外に出て歩くことにした。
どれだけ不安に思った所で結局は本人の器量によるので俺にはどうすることもできないのだが、どうしても不安なものは不安だ。
帰ってくるまでどうしようか考えて街を歩いていたところ。
「あれ、神崎先生」
「ん……? あぁ、崎葉先生」
彼女は同じ塾の中で講師をしている崎葉灯里。
近隣の大学の教育学部に通いながら塾でアルバイトをして学費を稼いでいる。
「こんな時間に合うなんて奇遇ですね?」
そう言ってはにかむ崎葉先生。
その可愛らしい笑顔に思わず胸を打たれる。
「そ、そうですね。崎葉先生は今日は講義はお休みですか?」
「いえ、夕方からです。普段も授業前に食材を買ったりしてるんですよ」
「へぇ、そうだったんだ」
手元を見てみれば、確かにビニール袋の中に野菜や調味料が入っていた。
「それで、神崎先生はどうしてここにいたんですか?」
「あぁ……」
俺は話そうか迷ったが、話さなくてもいいことは話さず要点だけかいつまんで話すことにした。
「実は、海外の親戚が最近うちに越してきたんだが、その子が今日から中学に転入してな……。ちゃんと学校になじめるかどうか不安なんだ」
「成程、そうだったんですね」
崎葉先生はそう言って頷くと、両方の手で俺の手を握ってきた。
「おぉほぇぇ!?」
「神崎先生! その悩み、私に相談してください!」
「い、いや、悪いって! というかなんで!?」
「どうしてって、だって私は教育学部ですから!」
当然です! と言わんばかりに胸を張る崎葉先生。
その豊満な胸が強調されることで、俺は思わず目をそらしてしまった。
「今度、子供を持つ人に育児についての子供との接し方を調べてレポートしないといけないんです。だから、それもあって私は神崎先生からお話を伺いたいんです!」
「とは言われても、俺は本当の親じゃないというか……」
「それでも、家に置いて育ててることに変わりはありません! どうか、その悩みを私に打ち明けて下さい!」
「え、えぇ……? まぁ、ちょっとだけなら、いいか?」
俺は崎葉先生の熱意に押され、思わずオーケーしてしまう。
「本当ですか! ありがとうございます!」
握った俺の手を、ギュッと胸に抱きとめる崎葉先生。
なんなんだ、この人。パーソナルスペース狭すぎないか!?
「それじゃあ、案内お願いします♪」
「……へ? どこへ?」
「何処って、決まってるじゃないですか。先輩のお家ですよ?」
「はぁ……。って、えぇ!? なんで俺の家になる訳さ!」
「だって、ファミレスとかだと話しずらくありません? こういうデリケートな話題って。だから、先輩のお家。いいじゃないですか。それとも、なんか変なこと考えてます?」
「いや、そういう訳じゃないけど……!」
「だったら、いいじゃないですか♪」
俺は気が乗らなかったものの、しょうがなく崎葉先生に促されるように自宅へと引き返す。
「……すまない、こんなことがあると思って無くて散らかってるんだ」
「いえ、これくらいの方がいいと思いますよ、男性って感じがして」
「そうか……」
なんだか、この人といるとペースが乱されるな……。
「それじゃあ、そのサラちゃんについて、詳しく教えてもらえませんか? 先輩が考えてることも含めて」
「あ、あぁ、そうだな」
俺は、自分が考えていた不安の種を全て崎葉先生に打ち明けた。
俺の話を聞きながらうんうんとうなずいていた崎葉先生は、俺の話が終わると立ち上がり、こう俺に告げた。
「つまり、それはひとつのことをするだけで問題が解決しますね」
「本当か!? それは何だ!?」
俺の、サラに対する不安の種を全て解消してくれるような、なにか魅力的な提案をしてもらえるのかとその言葉に耳を澄ます。
なんせ彼女は教育学部だ。専門で学んでいる彼女ならば、教育する側の悩みに対する何か画期的なアドバイスを齎してくれるだろう。
「ズバリ、答えはひとつだけです。奥さんを作りましょう」
「……は? 嫁?」
だが、俺はあまりに想定外の答えに拍子抜けしてしまった。
「そうです。嫁です。神崎先生のその悩みは、すべての不安を包み込んでくれる、母性の塊のような女性が居れば解決しますよ?」
「いや、冗談はやめてくれ。俺は深刻に悩んでいるんだ」
俺は真剣なトーンで崎葉先生に話しかける。
しかし、なおも崎葉先生は止まらない。
「冗談じゃありません。優しい奥さんを作れば、万事解決なんです。……ほら、ちょうどよく都合の良い母性の塊のような女性が居ませんか? 神崎先生の正面に」
そう言いながら、ブラウスの第一ボタンと第二ボタンを開ける崎葉先生。
「ちょちょちょ!? 何してんの!? マジで、洒落になりませんから!!」
俺は何とか制止しようとする。
しかし崎葉先生は止まらない。
「さしあたって、私と熱い夜を過ごしましょう? 体の関係は、心の強い結びつきには不可欠ですから」
徐々に近づき、そして俺を押し倒してくる崎葉先生。
「はぇぇっ!? ちょ、やめっ……! え!? ちょっと力強くない!? 君ほんとに女子大生なの!?」
「そんなのは私たちにとっては些事でしょう? ほら、私に体を委ねて……」
まずい……!
このままでは犯される……!
なんで、命の危険の次は貞操の危険にさらされないといけないんだ……!