0【プリンセスとの邂逅】
「あんたみたいなネクラそうなおじさんから勉強を教わるなんて、死んでもイヤ」
俺は、目の前のお姫様にそう言われた。
「とは言っても、君ここでできることなんてそんなないでしょ……」
「そ、それは……。と、とにかく、私は嫌だからね」
これまでにも授業をしてきた生徒にこういった子供は居た。
勉強をしたくないと駄々をこねたり、講師に必死に話しかけて授業時間を会話に使ったり、授業時間に眠ったり。
だが、正直言ってここまでのじゃじゃ馬に出会ったのは初めてだ。
正直、取り付く島もない。
俺がここに至るまでに長いお話がある。
わかりやすく、俺がこの娘の講師になるに至った経緯を説明しよう。
◇◆◇
授業終了のチャイムが鳴る。
「それじゃあ、今日の授業はこれまで。来週の火曜日に試験が迫ってる訳だから、今日演習した内容はしっかりと復習しておいてくださいね」
都会と言うにはさびれているが、田舎というには栄えている。
そんな土地の学習塾で講師として働いている。
集団講習もやっているにはやっているが、俺の持っている授業は個別が主だ。
そんな、普通の塾講師。
「ということで、今日の授業はこれで終了です。お疲れ様でした」
「かんざきせんせー、宿題ちょっと多くないですかぁー?」
「そんなこと言ったって、テスト前ですよ? 由香ちゃんの目標点は何点でしたっけ?」
「んー、三十点?」
「いや、前回八十点とか取ってたじゃない」
「あは☆ バレちった?」
「当たり前でしょ……。宿題、しっかりお願いね?」
「はーい! じゃーねー!」
正直、機械を相手に仕事をする職よりはるかに難しいし、考えることも多い。
だが、これまで培った知識と経験を使って生徒を導き、その結果保護者や生徒から感謝されるというのはそれ相応のやりがいを感じる。
できることなら、この仕事を一生続けていたい。
「飯塚先生、お先に失礼します」
「あ、お疲れ様で~す」
何処にでもいる普通の塾講師、だった。その日までは。
「ただいまー、って、誰も居ねぇよな」
家に帰り早々、冷蔵庫からチューハイの缶を取り出して開ける。
「仕事終わりはやっぱうめぇな」
一人暮らしが長くなると独り言が多くなるというのは本当らしく、俺も気が付けば一人で居る時にぶつぶつと喋るようになってしまった。
「こういう時、誰かと一緒に晩酌できると今より楽しかったりするのかな」
俺ももう二十八。
そろそろ結婚相手の一人でも見つけた方がいいのかもしれない。
婚活サイトに登録でもしようか……。
「あで!」
「ん?」
突然寝室から聞こえた物音に思わず立ち上がる。
騒音の原因を確かめるため寝室に向かうと、そこには。
「アニョ イベーラ! イティルティ ソファーナ……」
アニメなんかでよく見るような、ピンクのドレスを纏ったプリンセスが横たわっていた。
容姿は白人のような、外国人らしい顔だちをした少女。
その少女は、俺をにらみつけながらペタンと座っている。
クローゼットの扉が開いているということは恐らくそこに隠れていた、という事なのだろうか。
「ちょっと君、俺の家で何してんの?」
「……あ? キャティ、ソワカ ンノ ベラーライランナ!」
「は? え? 何!? え!? 何!?」
突然寝室に現れたプリンセスは、急に駆け寄ってくると俺に向かってポカポカと胸を殴ってくる。
「ちょ、え? 何!? 何!? 何なの!?」
なぜ俺の寝室にプリンセスのコスプレをした少女がいるのか、なぜ俺が殴られているのか、そもそもこの娘が何故プリンセスのコスプレをしているのか、全てが謎である。
しかし使用言語がお互い異なっていそうな雰囲気があるし、恐らく意思の疎通は不可能。
警察に通報した方がいいのだろうか。
いや、そもそも警察に「部屋に女の子が勝手に入ってました! てへ」と言った所で信じてもらえるだろうか?
答えは、否。そう、否である。
現代日本の、ロリコンへの風当たりの強さは相当強い。俺がロリコンだというわけでは無いが、この子を警察に連れて行ったとしても、俺は三時間の事情聴取は覚悟しなければならないだろう。
「むぅ……」
俺が無言で考え事をしていたからだろうか、プリンセスはその小さな頬をぷくーっ、と膨らませ、地面を指さした。
「え、下?」
俺は下を向く。
「カガノ!! ザザ!」
すると少女は怒って再び地面を指さした。
「あ、しゃがめってことか」
俺は床に正座するように腰を落とすと、少女は手を伸ばして俺の頭をわしづかみにした。
「え、ちょ、なに!?」
「『チョコチョ ゼル バニーバ』」
そして、俺が慌てているのも意に介していないように一言二言呟く。
その瞬間。
目の前の少女は、光を纏った。
「…………は?」
まず最初に超常現象に困惑。そしてその次に感じたのは圧倒だった。
青い光が俺と少女を包むようにふよふよと漂い、限界まで光が溜まったと思うと、高速でサラに吸い寄せられた。
その様子は、俺がこれまで経験したことがないくらい幻想的な雰囲気を醸し出していた。
……一体、どれだけの時間その景色をぼーっと眺めていたのだろうか。
気が付けば少女が満足げな表情を浮かべていた。
「クナノ」
その一言で周囲を漂っていた光は雲散霧消した。
「……何となく、この世界がどうなっているのか、この世界がどんな言語体系なのかは理解したわ」
次に少女が発したのは日本語。
「お!? 何だよ、君、日本語喋れるんじゃん! 最初からそうしてくれよ!」
「話せたら最初から話してるわよ。……というか、この感じだとなんだか今の私って、結構厄介な状態に置かれてる……?」
「ちょ、何の話をしてるんだよ。……というか、日本語が喋れるならどうしてここにいるのか説明してくれよ」
「……ま、しょうがないわね」
そこまで言うと、少女は一度だけコホン、と咳払いして口を開いた。
「あんたのクローゼットは、一時的にフェノア、……こっちの言葉でいうなら、えーっと、ワープホール? になったってことよ」
「……は、ワープホール?」
「そ。んで、私はそのワープホールが繋がっている先の国のお姫様。王子と正式な婚約を交わしている次代女王候補ってわけ」
「へぇ……、お姫様なんだ」
やっぱり、服装からそうなんじゃないかと思ってたんだ。
予想って当たるね。
「……って、えぇぇぇえええ!?」
その日、俺の家にはプリンセスが住みついた。