プロローグ2
カラカラカラ
「戻りました」
カラカラカラ
「おう、お疲れさん」
そう返事するのは社長の山西礼司、今の社長だ。
2年前に先代の五郎さんが亡くなって「従業員を路頭に迷わせてはいけない」と、先代の甥が跡を継いだのは良かったが、6人居た従業員もみんな愛想尽かせて今や従業員は一人きり。
「あのよ~」が口癖なので、誰が言い始めたのか陰では皆オバケと呼んでいた。
「三浦さんの所なんですが」
「聞きたくない」
無視して話を続ける。
「今回の現場で辞めにするそうです」
「あのよ~、なんで頭下げて使ってもらえるように頼んで来なかった?」
「は?」
「おめぇが頭下げればこんな事にはならねーはずだ」
「いや、あの」
「おめぇが頼み込んで頭下げてくればこんなことにはならなかったはずだ。おめぇのせいでまた取引先が無くなったんだぞ、わかってんのか?」
「あのよ~長年取引のあった三浦のとこなんだから、てめぇが地べた這いつくばって頭下げてりゃ何も問題なかったはずだ。長年の付き合いだからな。だけどてめぇはそれをしなかった。おかげで会社は大損害。どうしてくれるんだよ?」
「お前なんだその目つきは?」
「わかった。お前に損失分保障してもらう」
「俺の知り合いに弁護士がいるんだ。そいつと相談して詳しい話決めるから覚悟しとけ」
「あとよ~俺の4トンにゴミ載ってるから、M村に捨ててこい。お前のせいでこういう仕事しかもう無いんだからな。俺だってそんな仕事はしたくないけど、誰かさんのせいでまともな仕事無くなっちまったからな」
椅子に座っていたオバケが立ち上がる。
知らず知らずに強く握っていた拳。
来るなら手痛い反撃をお見舞いしてやる。
そう思っていたがオバケは目の前を素通りし、事務所の扉に手をかける。
「天国で先代が泣いてるぞ。お前なんか雇わなきゃよかったってな」
ガラガラ!
バンッ!
事務所の扉がそう音を立て少し開く。
少しの間、健は右手を握りしめたままだったが、ゴミを捨てに行かなきゃいけない事を思い出し、地図で場所を確認する事にした。
「これってやっぱりアレだよな…」
M村
近くに国道はない。
どう見ても山の中だ。
ぐにゅぐにゅっと曲がりくねった緑色の県道がS市に繋がっている。
「S市の公園前の交差点を曲がった先にあるのか…確かあそこすげぇ登りだったよな…あんな先に村なんてあったんだな…」
思わず口走ってしまった独り言だったが、そんな所に持って行くゴミ等一つしかない。
「やりたくねぇなぁ…」
そんな独り言を言いながら4トンの荷台を見に行く。
荷台の箱の扉を開けてみると、錆汁の垂れた冷蔵庫、洗濯機、廃タイヤ、ブラウン管のテレビ、それらがゴミのように積まれていた。
すぐに荷台の扉を閉めてエンジンを掛ける。
「嫌な仕事はすぐ片付けたほうが後が楽だからな…」
事務所の戸締りをし4トンに乗り込む。
「んじゃボチボチ行きますか」
そう言いトラックを発進させる。
23時、目印の公園前の交差点を右折する。
「4で上がれるかな?」
目の前には結構急な上り坂が見えギヤを3速のまま登るか、4速に上げるか少し迷う。
「意外と軽いから4で行ってみるか」
3速で引っ張り4速にギアを上げる。
うんうんターボは伊達じゃないね。
4速でも普通に上がっていく。
「ん?」
おかしい…
上り坂なのに平地と同じようにエンジンの回転数が上がっていく。
少し先では道が緩やかに右へ左とカーブしてるのが見える。
アクセルを少し戻すが加速が止まらない。
ペダルから足を離すが加速する。
アクセルワイヤーが引っかかっているかも知れないので、一度アクセルをガンと踏んですぐ離す。
しかし何の変化も無い…
仕方ないのでブレーキを踏むが、今度はブレーキペダルがビクともしない。
クラッチもビクともしない。
「なんだこれ…」
カーブに合わせてハンドルを切る。
ガタンと荷台でゴミが動いた音がする。
エンジンは唸り、タコメーターの針は振り切っている。
左にハンドルを切ると、脇道から飛び出してきたスケボー小僧がこっちに突っ込んで来る。
「終わった…」
動かないブレーキとクラッチペダルに足を乗せたまま、これから起こるであろう惨事から逃げるように健は目を瞑った。