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君の為に翔ける箱庭世界  作者: 嘉神かろ
三章 朱里の為に

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第九十話 一筋の光

「俺たちは、日本に、元の世界に帰りたいです。俺たちを、家に、家族のところに、帰らせてください」


 落ち着いて、されど力強く示された翔の意思が、広い謁見の間に響く。

 セフィロスは前後左右のステンドグラスから差し込む光に照らされる中、じっと翔を見つめ、そして、首を横に振った。


「それは叶いません」


 静かに発せられた声は相変わらず平坦でありながら、翔たちの心を強く打った。思わず息を呑んだのは、翔だけではない。


「私にあなた方人間を元の世界に返す権限はありません。またその方法を答えることも許されません。別の意思を示しなさい」


 世界の管理を王より命じられた神は、感情の熱を感じさせないままに、ただ淡々と事実を少年少女に告げる。

 それはあまりに残酷な宣告だった。仲間の、朱里の命を犠牲にしてまで得た手掛かりが、全くの無意味なものであったと告げられたのだ。

 朱里は無駄死にだったと、そう言われたように翔は感じてしまった。

 ――朱里、ごめん……。


 現実が、重たく()し掛かる。重力が増大したかのようで、膝を曲げてしまいそうになる。

 あまりの重さに下がった視線の先には、鏡面のように光を反射する真っ白な床と、苦々し気に歪められた少年の顔があった。

 その少年に翔は、きっとまだ何か希望はあるはずだと訴えかけるが、彼の表情が晴れることは無い。足元に出来た影が、彼を包み込む。


「示すべき意思が無いのであれば、力でも良いのですよ。願うのであれば、授けましょう。あなた方の師、グラシア姉妹の持つような、理の外にある力を」


 彼らの心を無視するようにして、【管理者】は再び口を開く。

 ――アルジェさんたちみたいな力、か……。


 それならば確かに、今後の旅にも役立とう。仮に帰る方法が無く、このまま神々の作り出した箱庭の中で一生を終えるにしても、無意味なものとはならないはずだ。たった今、そうだったと告げられてしまったものとは違って。

 だが、選べない。それを選んでしまっては、朱里の死が無意味だと認めてしまうことになると思ったから。もしそれを認めてしまったらもう、進めない。それは翔自身、よく分かっていた。

 ――朱里、ごめん。俺、もうどうしたらいいか分からないや。


 考えても考えても出てこない答え。ただ大切な人と元の世界へ帰る事ばかり考えて剣を振り続けた両手は、行き場のない思いとその力を己へ向ける。あまりに強く握りしめられた手の平からは、失ってしまった仲間の名と同じ色の液体を僅かに滲ませていた。


「……私たち人間を、って言いましたよねー?」


 翔の耳に、すぐ(そば)からそんな声が聞こえた。


「はい」


 闇の中に一点、光が灯った。

 その光は急速に広がり、翔を白が眩しい謁見の間へと引き戻す。


「じゃあ、物はどうですか!? 元の世界に送れますか!?」


 翔は掴みかからんばかりの勢いで、一段高い位置にいるセフィロスへ叫ぶ。


「はい」


 返ってきたのは変わらず機械のような声音。だが、翔の耳にはそれが福音に聞こえた。きっかけをくれた寧音に視線を向ければ、彼女は僅かに口角を上げ、希望の宿した目で彼を見返した。その瞳に映るのは、彼女と同じ顔だ。


「じゃあ、コレを朱里の、この日記の持ち主のお姉さんに届けてください!」


 〈ストレージ〉から取り出した『間錐朱里』と丁寧な文字で記名された分厚い日記帳をセフィロスへ示す。

 ――せめてこれだけでも……!


 姉にアーカウラでの冒険を語って聞かせるのだと笑った朱里の顔が脳裏に浮かぶ。自分たちは帰れないにしても、彼女の願いぐらいは叶えたかった。

 消えかけていた強い光を黒い瞳に再び宿し、人形のように佇む神を射貫く。彼女を射貫いた光は、一対だけでない。


「間錐朱里の日記帳を彼女の姉へと送り届ける。それがあなた方の示す意思ですね」


 四対の光を淡々と受け止め、そう問うた超常の存在に、返されたのは迷いのない四の頷きだ。

 ――うん? 笑った……?


 それはほんの一瞬の些細な変化で、気のせいだと言われれば納得してしまうものだった。しかし翔はその一瞬が今までで一番自然で美しく感じられた。


「いいでしょう。ただし、世界の境界を超えるには対価が足りません」


 気のせいかも分からない思考を忘れ、翔は気を引き締める。


「あなた方にはもう一つ、試練を受けていただきます。よろしいですね?」


 翔は陽菜たちに顔を向け、視線で意思を問う。返ってきた頷きに笑みと感謝の言葉を返し、再び玉座の方を睨んだ。


「はいっ」


 セフィロスは一つ頷くと、直後、彼女のすぐ後ろに雪蔓の紋章の刻まれた半透明の門が現れた。その門が、静かに、ゆっくりと開いていく。


「さあ、付いて来てください」


 翔たちは無言のまま彼女の背中を追い、先の見えない門を潜った。

 

 瞬きの内に一変した景色に、翔たちは既視感を感じた。野球場ほどある円形の広間は真っ白な壁と天井が青々と茂った蔓草に覆われており、見上げて目を凝らしても、その天井の細部は確認できない。そして中央部には、翔たちの腰ほどしかない若木が一本。


「ここは、もしかして……」

「あの大亀と戦った場所、だね」


 陽菜は翔の途中で切った言葉を続け、周囲を改めて見る。そうしてもやはり件の場所と相違なく見える。


「でも扉は無いみたいですねー?」


 言われて翔も扉を探したが、それらしいものは見つからない。別の部屋なんだろうかと考えながら、セフィロスの言葉を待った。


「あなた方に課す最後の試練は至極単純です」


 振り返り、セフィロスは翔たちに告げる。その背後で、若木が莫大な魔力を発した。

 若木は遥か天高くにある天井へ届かんばかりの勢いで成長し、そして人間ほどの大きさにまで圧縮されていく。いや、大きさばかりではない。その形もまた側頭部に二本の角の生えた人型となった。


「『龍人族(ドラゴニユート)』……か?」


 煉二の細められた目が見つめる先、その人型の足元が盛り上がり、細い円柱がそのモノの人であれば腰に当たる部位の高さまで伸びる。樹木はまるで本当に人であるかのように滑らかに動き、その一本へ手をかけると、一気に地面から引き抜いた。それは、滑らかな刃を持った一振りの打ち刀だった。


「……あれ、相当切れるよ」

「分かるのか?」

「何となくね」


 改めてその『龍人族』の男の姿をした樹人を見る。

 その身は着流しを着ている風の造形で否が応でも日本を連想させる。表情は、仮面のような形をとっており窺うことは叶わない。ただその佇まいは静かで隙が無く、翔たちの師を思わせる雰囲気を身に纏っていた。

 翔はいつものように、眼前の“敵”に〈鑑定〉を向ける。


「武神の残滓樹、って名前以外分からない……」


 感じる気配は、星護る霊樹亀よりも弱い。その筈なのに、彼の〈直観〉が、眼前の樹人をそれ以上の存在だと言って聞かなかった。であるにも拘らず分かるのは名前だけ。不安を感じるなと言うのは酷な事だろう。


「さあ、間錐朱里の過去を現在へ届けるために、過去の亡霊を打ち倒しなさい」



読了感謝です。

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12/10^16のキセキ

〜異世界で長生きすればいいだけ……だけど妹たちに手を出すなら容赦しない!〜

翔たちの時代から凡そ千年前の『アーカウラ』で起きた物語( ※処女作です)
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