ex.アレンの覚悟
『勇者』アレンはその身の内から聖魔力を滾らせ、両手を合わせた。
「来い、聖剣!」
まるで鞘から剣を引き抜くように、左手のひらからゆっくりと右手を離していく。否、まさしくアレンの左手は鞘なのだ。勇者のスキルにして最強の武器『聖剣』の。
何もない空間から顕現したのは、光り輝く一振りの剣。
刃が内包する魔力量は、『枢機卿』レイニー曰く「わたくしの全盛期を超えている」ほどだ。
未だその全てを完全に操れるわけではないが、アレンはギフトによって強大な力を手にしていた。
「グルァアアアア」
「ワイバーンの対処法は……まずは羽を狙って地面に落とす!」
アレンは降って湧いたような力に慢心することなく、レイニーの指導のもとたゆまぬ努力を続けて来た。
レイニーは元々、皇国の最強戦力である聖騎士団にいた経験を持つ。魔力の使い方、戦闘、知識。その全てを余すことなく吸収した。
それは偏に、幼馴染で家族のセレナを助けるため。
一度失い、二度目のチャンスすらも逃したアレンは、今度こそ救い出してみせると息巻いていた。
「ここ! よし、高度を下げたら一気に首をッ」
半年ほどの訓練は実を結び、素人でしかなかった彼は竜種すらも打倒しうる力を手に入れたのだ。
ワイバーンの首を撥ね飛ばすと、屋根よりも高い空中から涼しい顔で着地した。
魔物を切ったはずの聖剣には血の一滴もついていない。アレンは顕現させた時と同じように、今度は左手に剣先を差し込んだ。聖剣は吸い込まれ、消滅する。
「勇者の力があれば……魔王にだって勝てるはず。セレナ、今行くからな」
ギフトによって強化された身体能力は、彼に超人的な力を与える。
そこに並外れた覚悟と努力が合わされば、強くならないほうが不思議なくらいだ。
「にひひ。アレンくんがそんな強いギフトを持っているなんて聞いてないっすよ」
「ニコラ。えっと、あの時はまだスキルを使えなくて」
「なるほどっすね」
王国の冒険者、『破壊王』ニコラハムが頭の後ろで手を組んで朗らかに笑った。アンデッドから王国を守る際に共闘した、若いがトップクラスの実力を持つ冒険者だ。
『破壊王』の権能は単純明快。その拳であらゆるものを破壊する、圧倒的な暴力だ。アレンが素早い動きで跳躍しワイバーンを狩る間に、ニコラハムは地面に立ったまま衝撃波だけで倒していた。デタラメな戦い方である。
アレンとニコラハムが行動を共にしているのは、ギフテッド教会が募集した『魔王討伐隊』に挙兵したからだ。他にも冒険者が数名、同行している。
「しっかし、おかしな話っすよね。俺らが困っている時は放っておいたくせに、いなくなった途端『不死の魔王』を討伐するなんて言い出して」
「まあ……たしかに」
「魔王との戦いには興味あるっすから、俺は何でもいいっすけど」
相変わらず、価値基準が独特な少年である。
王族が殺されたことへの報復、という名目で始まった魔王討伐作戦。
しかしアレンたちに言わせてみれば、なんで殺されるまで対処しなかったのか、という話である。魔王の被害はずっと昔から出ていたし、『聖女』が現れてからも一人で結界を張り続けるという負担を強いていたのだ。
もっと早く動いてくれていればセレナが死ぬこともなかったかもしれない。……そう、思わずにはいられなかった。
「ま、俺ら冒険者は本隊とは別行動っすから、気楽にやりましょ」
「いや……魔王は俺が倒す」
「おっ! やる気っすね。でも残念っす。だって、魔王を倒すのは俺っすから」
にひひ、とニコラハムは好戦的な笑みを浮かべた。
レイニーは神官で構成された本隊に参加している。彼女はアレンの師であり、セレナの救出を目的とする仲間だ。教会にとって魔物のセレナは討伐対象であるから、どこかのタイミングで離脱してセレナの保護に動く手筈だ。
また、皇国がこのタイミングで魔王討伐に乗り出した理由も調査している。
きな臭い予感がする、というレイニーの言葉に一抹の不安を覚えたが、すぐに頭を振って追い出す。考えることはアレンの仕事ではない。彼はただ全力で戦うのみだ。
「アレンくん、怖い顔してるっすよ」
「ごめん。でも、どうしても倒さなきゃいけない相手がいるんだ」
『不死の魔王』ファンゲイルの顔を思い出して、ぐっと拳を握りしめた。
「リラックス、リラックス。今からそんな気合入れてたら、到着までもたないっすよ。まだ半月はかかるっすから」
「わかってるけど……」
「わかってなさそうっす」
『不死の魔王』が潜むという山まで、残り半月ほど。
どうやって突き止めたのか、皇国の先導でかの地を目指す。
「セレナ……待ってろよ。必ず助ける」
アレンはもう、弱いままではない。




