聖女の死
「あなたの処刑は皇国によるものである可能性が高いですわ」
ミレイユは真っすぐ私の目を見つめて、そう言った。
誤魔化したりせずに、端的に。あるいはそれは、ミレイユの優しさなのかもしれない。
言葉が出ない私に、説明を続ける。
「まず、あなたの魔物化。ファンゲイル様の術式は周囲に漂う魂を集めてヒトダマに変える、というものなのですけれど、そのヒトダマに記憶や意識が残るということはありえませんわ」
「記憶は脳に宿るものだからね。そもそも、死んだら意識は消えるんだよ。『聖女』のギフトを持っていたとしても、それは変わらないはずなんだよね。最初は何か僕の知らないギフトに、そういうスキルがあるのかとも思ったけど」
「もし可能性があるとしたら、生前に記憶や能力を保持する魔法をかけること……その可能性については、前に話しましたわね」
そう。私のアンデッド化は、不死を司るファンゲイルや魔法のスペシャリストであるミレイユをもってしても解明できないほど、異例のことだったのだ。
記憶も意識もギフトも、死んだら何も残らない。純粋な魂というエネルギーの塊になって、次なる命の礎になるだけだ。
仮に意識が残ったとしたら。それはゴズメズをアンデッド化したように、死ぬ前に魔法をかける必要がある。
でも、そんな魔法をかけられた記憶はない。
ファンゲイルに出会ったのは、死霊になったあとだ。
「でも、魔法なんてかけられてないよ?」
「ええ、教会のお膝元にいたあなたが、ファンゲイル様や他の魔王の術にかかる可能性は低い。でも、身近な人間だったら可能ですわね」
「身近な、って……」
私の周りには、常にレイニーさんを始めとする神官たちがいた。聖女は教会にとって大切だから当然だ。
その中の誰かが私に魔法をかけたってこと?
できれば疑いたくない。
みんな家族のように思っていたのだ。孤児院から離れて寂しくても、貴族たちから嫌われて虐げられても、教会のみんながいたから頑張れた部分もある。
「うーん、そんな複雑な魔法、即席で発動できるものではないと思うんだよね。だから、たとえば日常的に行う儀式や礼拝なんかに、魂に作用する術式を混ぜておく。それを教義に組み込んでおけば、君たちは疑いもせず繰り返すでしょ? すると、いつの間にか皇国の呪いにかけられるわけだ」
「なるほど、ご慧眼ですわ」
「まあ、予想にすぎないけどね」
たしかに、教会では毎日朝晩の二回、礼拝が義務付けられている。礼拝堂に集まって経典を読みながら、祈りを捧げるのだ。
もしその礼拝自体が私の魂に作用する魔法だったら……気づかずにかかっている可能性は大いにある。
「ん? でも待って。それなら、私以外の神官も魔物になるってこと?」
「いや、魔物になったのは僕の術式だよ。皇国がかけた魔法はおそらく、ギフトや意識を残したまま、死後に魂を皇国に転送する……ってところかな。ほら、あの森って、ちょうど王国と皇国の間にあるでしょ? 転送中の魂が、たまたま僕の術式に捕まったんだと思う」
「そんな……なんのために」
「この人造人間を作るためじゃないかな。聖職者系のギフトを持つ人を集めて皇国を運営し大陸中に広めて、死後の魂は兵器として利用する。うん、実に合理的で効率的じゃないか。あはっ、趣味は悪いと思うけどね」
つまり、私は魔物にならなかったらこの薄気味悪い人造人間になっていたってこと?
それはちょっと嫌かも……。今の身体、結構可愛いからね!
「あーでも、聖女ちゃんの場合はちょっと違うかもね。わざわざ処刑する理由もなければ、僕のところに取り戻しに来る必要もない。……『聖女』の魂が必要な何かがあるのかも」
「まさか、トアリさんも?」
「……わからない。でも、この件を詳しく調べればわかるかもしれない。うん、『蟲の魔王』や皇国と戦う理由ができたね」
トアリさんも『聖女』だった。そして、皇国に殺された。それも、魂を抜き取られるという方法で。
私も『聖女』で、皇国に狙われている。……何か関係があるように思えてならない。
「ああ、もう少しで君に会えるかも。五百年もかかってしまった。必ず蘇らせるからね、トアリ」
ファンゲイルはトアリさんの骨をぎゅっと抱きしめて、頬を擦りつける。初めて見た時は死体愛好家の変態かと思ったけど、今はその姿はひどく悲しいものに思える。
仮に真実が判明したとしても、トアリさんが生き返るなんてこと、あり得るのかな……? 胸中で疑問を覚えるけど、彼の前で口に出すことはできない。
ミレイユがファンゲイルを見る目も辛そうだ。
「聖女ちゃん、というわけだからさ。……僕と一緒に復讐しようよ」
「……あはは! 言い方はちょっと嫌だけど、本当のことは知りたいかな」
真実を知るために、私は魔王と手を組んだ。
アレン、レイニーさん。ごめんね。私、人類の敵になります。




