ex.セレナの居場所
「セレナの居場所がわかった!?」
『枢機卿』レイニーの言葉を聞いたアレンは、思わず腰を浮かせて詰め寄った。
半年。半年である。
幼馴染であり『聖女』でもあったセレナが死霊となり、そして紆余曲折ののち魔王に連れ去られてから、それだけの時間が経った。
この期間、アレンは『勇者』のギフトを使いこなす訓練をしながら、セレナの居場所を探っていた。しかし、孤児に過ぎない彼の情報網では魔王の所在地を特定するのは難しく、もどかしい思いを抱えていたのだ。
レイニーがもたらした情報は、彼の理性を失わせるのに十分だ。
「静かに。……厳密には、聖女様ではなく『不死の魔王』の本拠地です」
レイニーは極めて冷静に告げる。
ここはアレンの孤児院だが、どこに人の耳があるかわからない。
アレンははっと息を呑むと、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。ゆっくりと三度深呼吸をする。
「あいつは魔王と一緒にいるはずだ。そう言っていたし、俺に助けに来て欲しいって」
剣だこだらけの手を堅く握りしめる。あの日、彼女に届かなかった手を。
「今すぐ助けに行こう」
「待ってください」
「レイニーさん、今まで本当にありがとう。ここからは、俺一人でも行くから」
アレンは居ても立っても居られず、動きだそうとする。
彼はセレナを助けだすために、毎日血反吐を吐いて努力してきた。空いた時間の全てを訓練に充て、セレナのことだけを思い続けた。
そのおかげか、今では相当な実力が付いたと自負している。レイニーの厳しい指導のおかげでもある。魔物の群れに放り出された時はどうなることかと思ったが、『勇者』は『聖女』に匹敵するほど強力なギフトなので生き残り、成長することができた。
一人でも魔王を倒せる。いや、倒してみせる。そう息巻いている。
「アレン、まだ場所を教えていませんよ」
「教えてくれ。セレナが待ってるんだ」
「はぁ……グレイプニル」
地面から蔦のように生えてきた鎖が、アレンを絡め取る。「んぐっ」という情けない声を上げて動きが止まった。
「いいですか? 聖女様の身を案じているのはわたくしも同じです。しかし、魔王と対峙する以上、万全の準備を整える必要があります。あなた一人で向かっても、返り討ちに合いますよ」
「んんっ」
「理解したのなら、続きを話しましょう。次、独断専行しようとしたら孤児院に縛り付けて置いていきますからね」
有無を言わさない声音に、さしものアレンもこくこくと頷く。
さすが年季が入っている……などという失言をしない程度には、アレンも心得ていた。否、何度か口を滑らせて怒られている。
「居場所を突き止めたのは皇国です。そして、『不死の魔王』の討伐隊が編成されることになりました」
「え……? まさかセレナがいるとバレて……?」
「それは不明ですが、名目上は王国侵略の報復ということになっています。皇国領となったため理屈は通りますが……少々引っ掛かりますね」
主導は一時的に王国の指導者となっている『枢機卿』バレンタインだ。
彼は教会の中でも『革新派』に属する人物……実力は確かだが、後ろ暗い噂も絶えない。聖騎士団を始めとする『保守派』のレイニーは懸念を抱いていた。
しかも、討伐隊には聖騎士団は参加せず、革新派の神官と異端審問官が主体となるらしい。
彼らがわざわざ動くということは、『不死の魔王』を討伐する目的があるということだ。しかし、レイニーには見当もつかなかった。
「怪しい部分も多くありますが、この状況は好都合です。わたくしとアレンも、その討伐隊に加入します。そして隙を見て、聖女様奪還のために動きましょう」
「俺も加入できるのか?」
「本国からの協力は最小限に抑えたいでしょうから、王国で冒険者を雇うはずです。冒険者枠であれば潜り込めるでしょう」
ずっと『不死の魔王』を放置していた教会が今さら動き出すことに違和感はある。でも、このタイミングを逃せばいつ救出の機会があるかわからない。
「その、いいのか? 魔物を助けようとしていることがバレたら……」
「構いません。わたくしは後悔しているのです。教義だとか、仕事だとか……そんなくだらないことにこだわって、一番大事な人を失ったことを。わたくしがしっかりしていれば、聖女様が死ぬことはなかったはず。たとえ魔物になっていようと……今度は、必ず救います。今の立場を追われたとしても」
「……ああ。俺も同じ気持ちだ。絶対、助けよう」
互いの思いを再確認して、頷き合った。
覚悟も準備も十分だ。
数日後。
急ピッチで編成された討伐隊が、王国を出発した。
レイニーとアレン。セレナ救出を目指す二人とともに。




