戦果
念のため村の聖結界を張り直してから、冥国に戻った。
幹部がいなくなったのであれば、聖結界だけで十分守り切れるだろう。ゴーストたちは残って残党の駆除をしているし、聖結界に何かあれば私が感知できるから安心だ。
道中は惨状が広がっていて、虫の死骸とスケルトンだった骨があちこちに転がっていた。
ミレイユの防衛が功を奏したのか、冥国までたどり着けず死亡した魔物がほとんどだったようで、冥国の中は綺麗である。
すれ違ったゴズとメズも、多少ケガをしていたけど元気だった。今は楽しそうに残党を追い回している。
「ファンゲイル様、ただいま戻りました」
冥国の中で一番大きな建物、ファンゲイルの住まう魔王城に、ミレイユと共に入った。
玉座に座るファンゲイルは一件、どこもケガしていないように見える。元々アンデッドだから死人みたいなものだしね。
でもローブの下……トアリさんの骨を抱いているのとは反対の、左腕があるはずのその場所が、ぺたりと潰れていた。
「ファンゲイル様、腕は……」
「残念ながら、くっつかなかったよ。まあ腕くらいなら氷でも作れるし、不便はないかな」
ファンゲイルは軽い調子で言うけど、腕を一本なくしたことが些事なはずがない。
ローブは着替えたのか綺麗だ。そして、トアリさんの骨も傷一つなかった。
魔王であるファンゲイルの腕を奪うほどの存在? 『虫の魔王』ネブラフィスはいなかったのに?
「アンデッドなのに、身体を治せないの?」
「普通なら縫合すれば動かせるね。……聖女ちゃん? ヒール使うのはやめてね? それ、僕には毒だから」
「治してあげようと思ったのに」
普通なら。ということは、普通じゃない存在に攻撃されたということだ。
飄々とするファンゲイルとは対照的に、ミレイユの表情は硬い。悲しんでいるというより、これは怒っているのかな? 敬愛する主人の腕が落とされたことに。
あるいは、守り切れなかったことへに自責の念だろうか。私がミレイユの気持ちを推し量るのは迷惑かもしれないけどね。そして、ファンゲイルは彼女の心情に気づいていて、ことさら明るく振舞う。
「さて、じゃあ戦果の確認といこうか。ミレイユ、被害は?」
「……Bランク以上の魔物に被害はありませんわ。Cランクは一割ほど、Dランク以下に関しては三割ほど消滅いたしました」
「その程度なら問題はないかな。ネブラフィスの戦力もかなり削れたし、ミレイユのおかげだよ。まあ、僕ら魔王は時間さえあればいくらでも戦力を増やせるんだけどね」
一番の被害を受けたはずのファンゲイルは、それでもにこやかに勝利を喜ぶ。
「それに、面白いおもちゃも手に入ったからね」
……いや、気を遣ってとかじゃなく、普通に楽しそうに見えるな?
無邪気な少年のように目じりを垂れさせて「二人ともおいで」と歩きだした。五百年の時を生きたファンゲイルは、自分の身体に執着しないのかもしれない。アンデッドを作る要領で腕くらい付けられそうだし。
「この部屋に捕まえてあるんだ」
魔王城の地下、幾重にも魔法術式が張り巡らされた部屋に案内された。おそろしく複雑で高精度な結界だ。ただの結界ではなくて、色々な効果が付与されている。
彼の肩越しに顔を覗かせて、中を見る。
「何あれ? 人間……じゃないね」
壁や天井から伸びる鎖に、何かが縛られていた。それは一見すると人間のようにも見える。
しかし、髪はなく肌は縫いあとだらけだ。肌の色や部位はちぐはぐで、複数の人間を継ぎはぎして作ったとでも言おうか。
「僕の腕はこいつにやられたんだ」
「アンデッド……なの?」
「あはっ、さすがの僕でも、ここまで趣味の悪いものは作れないかな。これはすごいものが出てきたって感じ。良い研究対象になりそうだ」
人型の何かは、声を発するでもなく虚ろな瞳でこちらをじっと見つめてくる。感情の感じられない、不気味な目だ。
吊るされた両手をガタガタと動かして暴れる。
「魂をよく見てごらん?」
「魂?」
言われて、異形の中にある魂を感知してみる。
アンデッドのように、肉体との結びつきが弱い。普通、生物は肉体と魂が密接に一体化している。魔物もそうだ。
スケルトンやグールなどの憑依系のアンデッドは、肉体の本来の魂ではないため、魔力的な経路で辛うじて繋がっているに過ぎない。この人型も、似た性質に思えた。
だから最初、アンデッドだと判断したのだ。
しかしよく見ると、少し形質が異なる。それに……。
「聖……魔力……?」
「そう。聖魔力、つまり聖職者の魂を持った人造人間だ。……ギフテッド教はなかなか恐ろしいことをしているみたいだね」




