蝶化身ピィ
なんで聖女だってことバレてるの!?
私を聖女だと断定したってことは、聖女が魔物になってファンゲイルと一緒にいる……ってところまで把握しているってこと。
ましてや、私を標的にしているなんて、どう考えてもおかしい。
だって、私の存在はアンデッドの魔王たるファンゲイルすら驚くほどのイレギュラーなのだ。
王国との一件に何も関係していない『蟲の魔王』ネブラフィスが知っている道理はない。
「シャイニングレイ!」
「うふふ、ごめんね。効かないんだぁ」
小さな羽の生えた女の子は、避ける素振りすら見せない。
私の放った光線は、真っすぐピィを貫こうとして……忽然と消えた。生半可な結界であれば破壊できる威力を持っているはずのそれは、防がれたというより消滅した、といったほうが感覚として正しい。
「魔法が効かない?」
神託は……これもダメだ。
蝶化身と名乗っていたけれど、どういう魔物なんだろう。人に近い姿をして言葉を操っていることから、高位の魔物なのは間違いない。
「けら、けらぁ!」
ウェイブゴーストの『スクリームウェイブ』。超音波を発して空気の振動で攻撃する種族スキルだ。
時間は掛かるものの硬い岩ですら破壊する威力を持つ。しかし桃色の少女は、ニコニコしたまま避けようともしない。
「だからぁ、効かないよ」
「吸魂結界! 破邪結界!」
魔力消費に糸目をつけず、全力で攻撃する。どちらも、まともに受ければ無事ではないはずだ。
でも……やっぱり効かない。
強すぎる。スカルドラゴンやファンゲイルでさえ、私の魔法は避けるか防ぐかしていたのに……。アンデッドほど聖属性に弱くないとしても、虫の魔物にも通用するはずなのに。
圧倒的に格上だ。
私はそれを再認識した。たぶん幹部格の魔物。
やっぱり土蜘蛛がいたのは偶然じゃなかった。ネブラフィスは明確な意思を持って、私やファンゲイルを狙っている。速攻で幹部を送り込むくらい、全力で。
「何が目的なの? どんなにあなたが強くても、この村は私が守るよ」
「村には興味ないよぉ。さっき言ったよ。あたしはおばけ聖女を捕まえにきたんだぁって」
ピィは微笑を浮かべて羽を優雅に動かしながら浮遊している。
他の虫たちは近づいてこない。村には結界を張ってあるから大丈夫だと思うけど、早くピィを倒さないと。
「ネブラフィス様がね、聖女を捕まえてこいっていうの。そういう依頼なんだってさぁ。だから、一緒に来て? 白紋羽」
ピィが白く細い手を伸ばしながら、羽を大きく羽ばたかせた。
キラキラと光る鱗粉が風に乗って飛んでくる。
「聖結界! ――二重っ!」
咄嗟に展開した聖結界は、その鱗粉に触れた瞬間溶けて穴が空いた。慌てて二枚目を展開しながら、回避する。
まるで毒だ。魔法を溶かす毒の粉。
よく見ると、鱗粉は常に彼女の周りを漂っている。つまり、彼女の周囲は魔法が消えるってこと?
「きゃっきゃっ」
クラウンゴーストが、幻覚で私の分身をたくさん出現させた。半年間で頑張って練習した、知恵のある敵を惑わせるためのスキルだ。クラウンゴーストは攻撃性能が低い分、器用にいろいろな幻覚を作り出せる。
「うえぇ、聖女がいっぱい」
「……ひひ」
真の目的は私が逃げることじゃない。
メインである私を目くらましに使いながら、サイレントゴーストの重い一撃を喰らわせる。
全魔力を一撃に注ぎ込む『忍び斬り』で、ピィを奇襲した。
「おっと」
しかし、サイレンの攻撃はひらりと宙を舞った彼女にギリギリ避けられてしまう。
動きもなかなか素早い。ほんと強すぎない……?
魔法を無効化するという強力なスキル? を持っているのに、さらに飛翔能力も高いなんて……あれ?
「なんで今避けたの?」
「うふふ」
忍び斬りだって魔力を消費するスキルには違いない。
魔法との違いは……。
「わかったよ。柔魔は消せるけど、硬魔は効くんだ」
「どうかなぁ。そうかもなぁ。ちがうかもなぁ」
たぶん、私の予想は正解だ。
柔魔を放出して魔法やスキルなどに変質させるのに対して、硬魔は武器や身体に高密度で纏って威力を上げるものだ。おそらく、それは鱗粉では消せない。
問題は……私が硬魔を使えないということ。
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