蝶
『不死の山』とは反対側に出て、魔物たちを迎え撃つ。
村人たちは私が張った結界の中から、固唾をのんで見守っている。気が気じゃない様子だ。
ちょっと強引だったけど分かってほしい。
霊域のおかげで視認しなくても空間を把握できるとはいえ、混戦になったら見逃してしまう可能性もある。そうなったら、きっと守り切れない。
それならいっそ、私一人の方がいい。
「シャイニングレイ!」
百足の魔物……『神託』によると『オオムカデ』というDランクの魔物を、灼熱の閃光で貫いた。大人の男性よりも巨大な、牙と大量の足を持つ魔物だ。くねくねと動いて気持ち悪い。
聖属性の効き目はアンデッドほど高くないみたいだけど、虫だから炎はよく効く。まあ火に強い生物は少ないよね。
虫たちはぞろぞろと列をなして冥国を目指し山に入っていく。弱い魔物ばかりだけど、数が多い。
ファンゲイルの作るアンデッドも比較的数を揃えやすい魔物だが、冥国の魔物を全て合わせても虫たちの数には遠く及ばないと思う。
「アンデッドほどの統率力はないかも……結構ふらふらこっち来てるし。――シャイニングレイ」
ソウルドミネイトで支配した上、指揮官役の魔物を用意するのがファンゲイルだ。
それと比べると、『蟲の魔王』ネブラフィスの軍勢はお粗末に見えた。強い魔物も見えないので、小手調べなのかも。
土蜘蛛にオオムカデ、デスフライという羽虫の魔物……高くてもDランクの魔物たちを次々と葬っていく。
ゴーストたちの活躍も目覚ましい。クラウンが幻覚で足止めしているところを、サイレンの『忍び斬り』やウェイブの『スクリームウェイブ』で仕留める。良いチームワークだ。
私の魔力にも余裕があるので、村に結界を張りながらでも十分戦い続けられる。
「虫の魂も悪くないね!」
「けらけら!」
魔物の方から来てくれるので魂も食べ放題だ。
生前はおぞましい見た目をしているけど、魂になるとまっさらだからね。アンデッドにはない新鮮な風味があって、しっかりと歯ごたえがある。
虫嫌いなのに魂を食べるのには躊躇いがないって、我ながらどうかと思う。魂に貴賤はない……というか食欲には勝てなかったよ。
だいたい五十体は倒しただろうか。
結局強い魔物は一体もいなくて、調子よく殲滅していった。
最初は不安げだった村人たちも、緊張の糸が切れたのか安堵したのか、各々家に戻って休み始めた。残っているのは村長さん含め数人だけだ。
「よかった……なんとか守り切れそう」
私、死んでからのほうが聖女らしくない?
惰性で結界を張っていた頃よりも、誰かを守りたいって気持ちが強い気がする。もしくは、そこに存在価値を見出しているのかもしれない。
誰かのためになることが、すでに命を失った私が存在し続ける意味だと思うから。
「ねえね、キミ、聖女?」
「――ッ!?」
近くで、声がした。
慌てて距離を取る。なんで? 霊域を常に使っていたのに、話しかけられるまで気が付かなかった。
高い知能を持ち言葉を操るのは、高位の魔物だけだ。
「あたしね、おばけの聖女を探してるんだぁ。君、聖女?」
ニコニコと笑っているのは、小さな女の子に蝶の羽を付けたような魔物だった。
ピンクと紫の髪と羽が毒々しい。
「あたしは蝶化身のピィ。聖女を捕まえるとね、ネブラフィス様に褒めてもらえるんだぁ」




