村を守るよ!
月明かりが照らす真夜中の山を、ゴーストたちとともに疾走する。
霊体の私たちは障害物を無視できる。
一直線に進めばそう時間はかからない。
急がないと。
数体の土蜘蛛とは比較にならないほどの脅威が村に近づいているのだ。冥国が目的だとしても、近くにある村に魔物がいかないとは限らない。
「こんな数の魔物、一体どこにいたの?」
私が土蜘蛛と戦ってから、そんなに時間経っていない。
ファンゲイルたちとゆっくり話していたとはいえ、皇国近くにあるという『蟲の魔王』ネブラフィスの本拠地から到達できるほどではない。
「ともかく、冥国はみんなに任せて私たちは村を守ろう!」
「けらけら!」
遠目に村が見えてきた。
大丈夫……最悪の状況には至っていない。ほとんどの魔物は真っすぐ冥国を目指していて、侵攻ルートから微妙に外れたこの農村はスルーされているようだった。
それでも、お腹が空いた個体なのか、十体以上の魔物が村を取り囲んでいる。
「霊域! 聖結界!」
ここまで近づけば、私の魔法が届く範囲だ。
ポルターガイストと聖域を合わせて作った霊域で、村全体を覆いつくす。
霊域は私にとって、手足そのものだ。目を閉じていても、鋭敏な魔力が状況を教えてくれる。
村に入り込んだ魔物、農機具を手に立ち向かう男衆、身を隠す女性や子どもたち。
即座に聖結界を網目のように張り巡らせ、魔物と人間たちを分断する。
うん、柔魔の操作は完璧だ!
タイミングとしては間一髪って感じかな。
幸い死者はいないみたいだけど、怪我に関しては負っていない人の方が珍しい。
私は村に飛び込むと、上空に飛び上がった。
「癒しの息吹」
霧が降りるように、あるいは雪が舞うように、両手から溢れた癒しの効果を持つキラキラとした空気が、村に降り注いだ。
「傷が……!」
「すげぇ、なんだこれ」
「空に何か……あれは、天使……?」
村のあちこちから声が漏れる。
「仕上げに――シャイニングレイ!」
聖結界に囚われ動けなくなっていた土蜘蛛や羽虫の魔物を、同数のシャイニングレイで一掃する。
弱い魔物相手なら、本気を出せばこんなものだ。魔力の効率は悪いけど。
「お嬢さん! 来てくれたのか」
「村長さん! ごめんなさい。遅れちゃって」
霊域に反応はないことを確認して、村に降り立った。
「おかげ様で助かった……もうこの村は終わりだと覚悟したところじゃった」
村人たちに安堵の色が広がる。
夜中に叩き起こされてみれば、虫の魔物が大量に沸いているのだ。その恐怖は計り知れない。
私が原因の一端らしいので、少し申し訳なく思う。
目的がファンゲイルだと判明した以上、彼らはただの巻き添えだ。でも、真実を伝えるのはむしろ恐怖心を煽るだけ。私ができることは、聖女としてみんなに勇気づけることだ。
「私が絶対に守るから、村のみなさんはゆっくり休んでて!」
「しかし、村の外にも魔物はたくさんおる……さすがに一人では」
「大丈夫だよ。一人じゃないから」
ゴーストたちがいるもんね!
三体のゴーストがくるくる回って存在をアピールする。土蜘蛛の一件で村の人たちに知られているので、警戒されるようなことはない。
でも、やはり心配そうだ。
自分たちの命に直結することを見ず知らずの私に委ねることに抵抗があるのかな。私は魔物だし、そうでなくとも不安はぬぐえない。
「気持ちは有難い。でも、自分たちの村は自分たちで守りたいのじゃ。力不足なのはわかっておるが」
「……そうだよね」
王国を守る時は、アレンやカールたちに協力を願った。それは、当時レイスだった私では軍勢に対抗できなかったからだ。
でも聖霊になり格段に戦闘能力が上がった今なら、大軍を相手にしても十分守り切れる。広範囲に効果を及ぼす魔法は私の得意分野だ。伊達に長年結界を張り続けていない。
しかも今回は、戦闘訓練などしたことのない村人だ。
「……ごめんなさい」
彼らの自尊心を傷つけてしまうかもしれない。
それでも私は、人間たちを魔物から守りたい。
背を向けて、再び上空に上がった。
「ちょ――お嬢さん!」
「そこで見てて! この村は私が――『聖女』が守るから! 聖結界!」
人間も魔物も通さない、物理障壁としての結界で村を包み込んだ。
これがあれば、彼らが戦闘に参加することはできない。それでいい。
危険に晒す必要なんてないもん。
冥国を目指す一団から、何体かの魔物がこちらへ向かっているのが見えた。
「まだまだ頑張るよ!」
「けらけら」「ひひひっ」「きゃっきゃっ」
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