過去と苦悩
『不死の魔王』ファンゲイルが淡々と語るのを、私はじっと聞いていた。隣のミレイユも、目を伏せたまま口を挟もうとしない。
ひどく悲しい話のはずなのに、ファンゲイルはにこやかな表情を崩さなかった。それが逆に痛々しくて、こっちが泣きそうになってくる。
「――これが僕が人間嫌いになった理由だよ」
最後にそう締めくくった。
五百年も昔に、そんなことがあったなんて……。
ファンゲイルは私の故郷を襲った魔王で、一度は敵対し、戦った相手だ。今でこそ研究対象として一緒にいるけど、本来は相容れぬ存在だ。
でも、動機を聞くと彼を悪だと断ずることができなくなった。
ファンゲイルがいつも抱いている人骨が、私と同じ『聖女』のギフトを持つ女の子で、当時の皇国の奸計によって殺されてしまったなんて。彼女を相当大切に思っていたファンゲイルが、人間を恨むようになっても仕方ないと思えた。
「そう、だったんだ」
私はそう返すので精一杯。
ていうか、もしかして聖女って殺されがち?
私もあっさり処刑されちゃったし、骨子ちゃん改めトアリさんも、私より強い力を持っていたはずなのに殺された。
「なんで教皇はトアリさんを……聖女を殺したの?」
「……それがよくわからないんだよね。あれから何度も戦争をしたけど、途中で代替わりしたりして、当時を知る人は誰もいなくなっちゃったし」
「そうなんだ」
「でも、天使のタリスマンがキーなのは間違いないはずなんだ。いくら探しても見つからなかったこれが、まさか田舎の小国に過ぎない王国にあるとは思わず、手掛かりを得たのはほんの十年前だったよ。たしか五百年前、王子が皇国に留学に来ていたから騒動に紛れて持ちだしたのかもしれないね」
天使のタリスマン……話を聞く限り、トアリさんの魂に関与するような魔導具だ。
私とファンゲイルの戦い、そして五百年前の事件。その全ての元凶とも言える。
「……そうだ! 天使のタリスマンの中にはトアリさんの魂が入っているんだよね? なら、それを取り出して魔物化すれば!」
そうすれば、トアリさんが蘇るかもしれない。
ファンゲイルが天使のタリスマンに執着していた理由もよくわかる。これはトアリさんの死の原因であると同時に、蘇生の礎になるかもしれないアイテムなのだ。
「僕もそう思っていたんだけどね。……たしかに、魂の欠片は残っている。でも、人間一人分には遠く及ばないし、なにより記憶も肉体もないんじゃ、それはトアリとは呼べないよ」
私の思いつきなど、ファンゲイルはとっくに検証していたのだろう。
彼は即座に首を振った。
「そっか、だから私を」
私の存在はひどく異質だ。
元聖女でありながら魔物に転生し、記憶とギフトを保持したまま動きまわる。
本来ならあり得ないことだ。
でも、もし再現性があるなら……既に肉体を失い、魂の力のほとんどを失ったトアリさんにも、希望がある。奇しくも私と同じ『聖女』のトアリさんなら。
「うん。君を研究したら、トアリを蘇らせる方法が見つかるかもしれない」
ファンゲイルは五百年前に不死になったあの日から、時が止まってしまったのかもしれない。
死者の復活なんて本来ならあり得ないことだ。でも、『冥術師』の彼にはわずかな希望が見えてしまう。できるかもしれない、あの頃に戻れるかもしれない……過去に縋りながら、五百年の時を生きてしまった。
私はそれを悲劇だと感じるけれど、彼の気持ちも大いに分かってしまった。
好きな人を救いたい。ただそれだけの欲求なのだ。彼は。
そのためには手段を選ばないし、冷酷な道を選ぶこともある。でも、気持ちは純粋で真っすぐだ。
「わかったかな? 僕にとっての最優先事項はトアリの蘇生で、他のことは些事に過ぎないんだよ」
ファンゲイルは改めて、冷たく言い放った。
昔話が重たすぎてすっかり忘れかけていたけれど、私は人間の村を守るための助力を願いに来たんだった。
『蟲の魔王』ネブラフィスの魔物が、すぐ近くの村まで迫っている。今のところ被害は大きくないが、かといって放置できる状態ではない。
彼にとって助ける理由がないことはよくわかった。
でも、なんとかして説得しないと……私とゴーストたちだけでは、戦力が足りない。
……私の研究を交換条件として、助力を要請する?
でも、そもそも私の身柄は王国を見逃してもらう条件として要求されたものだ。その中には研究も含まれていて、魔王相手に約束を守るというのも変な話かもしれないけど、破れば信頼関係は望めなくなる。
仕方ない。ファンゲイルがそう言うなら、一人で頑張ろう……。
そう、立ち去ろうとした時だった。
「ファンゲイル様!」
メズとゴズが、慌てた様子で飛び込んできた。
「魔物が攻めてきました! 虫の魔物でございます!」




