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ex.五百年前ー2

 その日は、いつも通り朝から魔法の研究をしていた。

 ファンゲイルにとってはそれが日常で、成果の定期報告以外は基本自由に研究できるこの生活を気に入っていた。皇国の有り余る予算をふんだんに使って、大好きな研究ができるのだ。


 そして……夕方になれば、トアリが帰って来る。

 明るくて、純粋で、ちょっとお茶目な彼女と過ごす時間は、ファンゲイルにとって大切なものだった。彼の日常は魔法の研究とトアリだけで構成されていて、充実していた。


「うん、この魔法理論はどうやら間違いなさそうだ。魂を隔離して保護。切り離した肉体を魔物化し、再び定着させる」


 彼の指先から魔力が躍る。

 まるでレースに刺繍でもするように、マウスの身体に魔力の糸を通していく。数か月前に完成させた魔法で、今はその効果を実証する段階に入っている。


 それは、ファンゲイルが宮殿入りしてからずっと追い求めてきた魔法だ。

 不死の肉体を手に入れるという、神の領域を侵すような行為。『冥術師』たる彼は、その神秘に片足を踏み込んでいた。


「まあ、これをすると魔物になっちゃうのは問題だよね。そこは改良すべきかな」


 別に、永遠の命が欲しいわけではない。ただ彼は知りたかったのだ。生命とは何か。魂とは何か。溢れて止まらない探求心の赴くままに、彼は魔法を作り上げた。

 権力者というのはいつの時代も不老不死を求めるもので、ファンゲイルの研究を諸手を挙げて歓迎した、というのもある。予算に糸目はつけられなかった。


「トアリ、今日は遅いね」


 いつもなら帰るはずの時間になっても、彼女の姿は見えなかった。

 聖女の主な仕事は象徴として教会に立つことだが、たまに並みの聖職者では対応できない怪我人が出た場合は夜でも駆り出される場合がある。今日もその類だと、特に気に留めることはなかった。


 結局、彼らが暮らす宮殿の離れに帰ってきたのは日が沈んでからしばらく経った頃だった。


「お帰り」

「はい……ただいまです」

「どうかした?」


 トアリの顔は一目見ただけで分かるほど憔悴していて、目も虚ろだ。

 いつもの明るさは鳴りを潜め、代わりに物憂げな表情を浮かべている。


 ファンゲイルは思わず資料を置いて立ち上がった。


「なんともないですよ?」

「いや……そうは見えないけど」

「もう、ゲイルは心配性ですね」


 強がっている……といった雰囲気でもなかった。

 どちらかと言えば、トアリは自身の不調に気が付いていないかのような、自然な口調だ。


「トアリ、ちょっとこっち来て」

「え、なんですか……? いつもは話しかけても空返事なのに、ついに私の可愛さに気が付きました?」


 トアリの軽口は無視して、魔法を発動する。魂や魔力の状態を確認する魔法だ。

 聖女が肉体的な疲労や損傷で、ここまで衰弱するとは考えにくい。あるとしたら、聖女の回復魔法が及ばない範囲……つまり、魂だ。


 そして、魂に関してはファンゲイルの専門分野である。【冥術師】の目は魂を見抜く。


 トアリの清水のように透き通る美しい魂。それは……。


「なに、これ……」

「んー?」


 トアリの笑顔は空虚だ。


「魂の摩耗が激しすぎる……! いや、摩耗というより力がどこかに流れている? それに魂に巻き付いている鎖のような魔力は……」


 血が沸騰するほどに魔力を熾しながら、原因を探る。

 魔力の鎖は……天使のタリスマンから出ていた。


過去編は次話でおわりです。

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