ex.五百年前
――五百年前。
「ゲイル!」
「トアリか。今日の祈祷は終わったのかい?」
「はい、終わりました! だから、少しだけゲイルと過ごせます!」
「僕といても面白くないと思うけどね」
「そんなことないです。ゲイルの魔法はすごいですから!」
「あはは、トアリの聖魔法ほどじゃないよ」
文化も文明も未発達なこの時代において、『ギフト』の存在は人々の生活で重要な位置を占めていた。
ギフトを持つ者は常に重用され、特権階級として扱われる。まだ少年少女と呼ぶべき年齢の二人もまた、ギフトを持ち超常の力を操る人物だった。
『冥術師』ファンゲイルは、生物なら誰もが持つ『魂』という力の源に作用する魔法を得意としていた。また、氷の属性も使うことができ、魔法の才においては並ぶ者なしと謳われる奇才だ。
生命の神秘に最も近い人間と呼ばれ、日夜研究に明け暮れている。
『聖女』トアリは聖なる術を操る、神の代行者。
彼女が各地で引き起こす奇跡によって、未だ力の弱かったギフテッド教が急速に広がった。
魔物の駆除や結界による防衛だけではない。枯れた大地を蘇らせ、雨を呼び、傷を癒し、災害を予見する。その莫大な魔力を以って、人々の生活を豊かにした。
そんな二人だから、当然世の権力者は放っておかない。
ギフテッド教を母体とするギフテッド皇国は、いち早く二人を抱え込んだ。
歳も近く、宮殿の同じ区画で生活を共にするファンゲイルとトアリは、ほとんど家族のような関係だ。
監視付きで自由に出歩ける環境ではないが、ファンゲイルは研究に没頭できるし、トアリは聖女として人々を助けることに誇りを持っているため、この生活に不満はない。
神はそれぞれの気質に合わせたギフトを与えるとされている。あるいは、ギフトが性格に影響するのか。ともかく、彼らはギフトの行使にさえ問題がなければ、多少の不自由は気にならないのだ。
「私、今日もたくさんの人を助けました! みんなお礼を言ってくれたんですよ」
「へえ、良かったね」
「そうじゃなくて、ゲイルはどう思いますか? すごいですか?」
「ん? 聖属性、特に聖女の魔法は人間に対してプラスに作用するものが多い。傷を癒すのも大地を肥やすのも、多くの人を助けるだろうね。お礼は言葉だけじゃなくきちんと金銭を要求したほうがいいんじゃないかな。僕にはできない芸当だよ」
「なんか思っていたのと違います……」
褒めて欲しかったのに、という呟きは、難しい顔で書物とにらめっこしているファンゲイルには届かない。
この頃ギフテッド皇国は、各地からギフトを持つ子どもたちを集めることによりどんどん国力を伸ばしていた。
聖女を始めとする聖職者たちの力は絶大で、ギフトを見定める『神託』は人々の生活に欠かせない。神託がなければ偶発的に気づく以外にギフトの存在を知覚できないのだから、ギフテッド皇国にギフト持ちが集まるのは必然であった。
「おや、そのネックレスはどうしたのかな」
「これですか? なんか教皇様にもらいました! 私を守るものだから常に付けとけって。天使のタリスマンって名前だったような……」
「天使のタリスマン……聞いたことないね。ちょっと見せて」
ファンゲイルはトアリの胸元に手を伸ばし、光沢を放つタリスマンを持ち上げる。
魔法的な効果が秘められているのはわかった。しかし、ファンゲイルの知らない術式だ。魔法についてはかなりの知識量を誇るファンゲイルであるが、あいにく聖属性や神に由来するものはわからない。むしろ、冥術師の魔法とは正反対に位置する。
「聖属性の魔力を吸い取って起動する魔法のようだけど……僕には解読できないね」
「さあ? でも悪いものではない気がします!」
ともすれば根拠のない勘のように聞こえるその発言も、『聖女』が言ったのなら意味が変わってくる。
幸運を引き寄せ、悪意を遠ざける。聖女トアリは無意識レベルでその権能を操ることができた。彼女が実際に触れ『危険はない』と判断したのなら、そうなのだ。これはトアリが歴代聖女と比べても優秀な力を持つことに起因する。
「ふーん、なら大丈夫かな。でも、あの老体はあまり信用できないから気を付けて」
「もう、心配しすぎですよ! 聖女を害するなんてもったいないこと、教皇様がするわけないですって」
「あはは、それもそうか。ていうか、聖女本人がそんな発言していいの?」
「ゲイルの前だからですよ。他の人の前ではちゃんと聖女っぽくしてますもん!」
貧しく暗い時代でも、この人がいれば楽しく暮らせる。互いにそう思い合っていた。
皇国に飼殺される運命だとしても二人なら……。
しかし、皇国に渦巻く陰謀が二人に迫っていた。




