村人たち
蜘蛛の魔物を殲滅した私たちは、村人たちと向き合っていた。
彼らの表情は、あまり読み取れない。怖がっているようにも、警戒しているようにも見える。
当然だ。私たちは魔物なのだから。人間のような見た目だけど、透けてるし浮いてるから、死霊だということは一目瞭然である。
ごくりと生唾を呑んで(という気分で)村人の反応を待つ。
十人ほど、土蜘蛛の対応に当たっていた男性が集まり、何事か相談していた。沈みゆく太陽を背に、私もゴーストたちと身を寄せ合う。
彼らの中で一番年齢が高い、おそらくは五十代と思われる男性が前に立ち口を開いた。
「この村の村長じゃ」
「セレナだよ」
ああ、また敵意を向けられるのかな。
王国でも、アレン以外の人はみんな、一度は私を敵だと認識した。後から受け入れてくれた人もたくさんいたけど、人類の敵だという事実は何も変わらない。
もし、彼らが怯えるなら……その時は、一目散に逃げて冥国に帰ろう。
「お嬢さん――」
「うん」
「どうもありがとう」
「へ?」
予想と違う言葉に、思わず呆けた声を上げてしまった。
ぽかんとする私に、村長さんが深々と頭を下げた。
「ここ最近、土蜘蛛に何度も襲われての……何とか撃退できていたのじゃが、毎回羊を数匹やられて、困っていたところじゃ」
「嬢ちゃん、助かったよ! 強いんだなぁ」
「あの蜘蛛、デカいくせに素早いから、全然殺せなかったんだ」
村人たちは、口々にお礼を言った。その顔は晴れやかで、恐怖や敵意は微塵も感じられない。
私を見る目は、親しみに籠ったものだ。
「ま、待って! え? 私、死霊だよ? 死んでるよ? 魔物なんだよ?」
なんでそんなに優しいの?
すんなり受け入れてくれるとは思っていなかったから、話についていけない。そりゃ、私は今やキュートな聖霊ちゃんだしゴーストも可愛いけど、少なくとも警戒されると思った。
「あ~、この辺じゃ、死霊は人間の生まれ変わりだって言われているからな。もちろん襲ってくるようなら別だが、あんたは蜘蛛を倒してくれただろ? それで疑うなんて、羊飼いの風上にも置けないぜ」
「見た目は女の子だし、そんなに忌避感はないっていうか」
「ていうか、可愛くね?」
大陸で最も力を持つギフテッド教では、魔物は絶対悪とされている。当然、死霊が生まれ変わりなどという考えはない。でも、地域や民族によってはそういう言い伝えもあるんだね。
あと、可愛いって言ってくれたお兄さん、よくわかってるね! でも私婚約してるからごめんね!
「これこれ、お前たち。お嬢さんが困っておるだろう」
村長さんが、にこやかに言った。
年季の入った言葉遣いだけど、見た目はダンディなおじ様だ。筋骨隆々で、まだまだ現役のように見える。さっきも一番張り切って戦ってたしね。
「この村ではゴーストが珍しくなくての。頻繁に現れては楽しそうに笑うから、儂らも元気を貰っておるのじゃ」
あー。
すぐ近くに『不死の山』があるからゴーストが降りてくるのか。王国にあった『不死の森』と違うのは、険しい岩場があるからスケルトンがあまり出てこないところだ。
だから、村に現れるアンデッドはゴーストが中心だ。ケラケラ笑うだけだから被害はないし、嫌われていない、と。
嬉しい誤算だね。
「ギフテッド教徒ではないの?」
「一応そういうことにはなっておるが、村に教会もないしの。あまり実感はないの」
「そうなんだ。その、初対面の人に優しくされたの、初めてで……」
あれ、おかしいな。
自分が魔物であることはとっくに受け入れたはずなのに、勝手に涙が溢れてくる。
違うもん、肉体なく精神体だから、感情が表に出やすいだけなんだ。
その場にうずくまって、顔を隠す。おろおろする村長さんたちは、優しい言葉をかけてくれる。
冥国の暮らしも悪くないけど、やっぱ私、人間と暮らしたい。アレンと一緒に、人間の生活に戻りたい。
「けらけら」「ひひひ」「きゃっきゃっ」
ゴーストたちが慰めてくれる。
あ、みんなも一緒に過ごそうね。




