ex.異端審問官
王国の玉座だった場所。
そこにはギフテッド皇国から派遣された枢機卿バレンタインが肘をついてふんぞり返っていた。まるで王様にでもなったような態度である。
彼はとある上級神官から報告を受けていた。
「天使のタリスマンだと……⁉」
「はい。目撃者の証言から間違いないかと」
「かの魔王がこの地を狙っていたのはそれが理由か!」
『不死の魔王』ファンゲイルによる侵攻があった割には、王国の被害はごくわずかだった。
表向きは『枢機卿』レイニーを中心とした教会、王国騎士や兵士の尽力によって撃退に成功したことになっている。
だが、調査を進めるうちに、いくつかの被害が浮かび上がった。王位継承予定だった第一王子の死、金品の強奪、第二王子の失踪。
すぐに判明した被害については、それほど問題視していなかった。魔王と戦った国は、例え勝ったとしても壊滅状態になるのが常だ。この程度の被害で済んだのか、と拍子抜けしたくらいだ。
だが、新たに判明したことについては違う。
「王国が隠し持っていたとは……教皇猊下が知ればなんと仰るか。五百年前の争乱で行方知らずになった、皇国の秘宝。我ら革新派の悲願、神へ近づくための……」
「そこまでにしておいた方が良いかと」
「う、うむ。そうであるな。既に対応は始めているのであろうな?」
「無論」
この男。表向きは上級神官として王国に来ているが、その正体は聖騎士団と並ぶ皇国の武力、異端審問官である。
時には他国への牽制として、またある時には暗部として、八面六臂の活躍を見せる。戦争や対魔物で絶大な戦闘力を発揮するのが聖騎士団なら、裏の仕事を担うのが異端審問官だ。
また、『保守派』に属する者が多い聖騎士団とは違い、異端審問官のほとんどが枢機卿バレンタインら『革新派』についている。
「『不死の魔王』が奪ったとするならば、今すぐに取り返さねばならぬ」
「仰る通りかと。近い内に、居場所も判明することと存じます」
「うむ。すぐに動けるように準備しておけ。『彼女』にもそう伝えろ」
「はっ」
「この国の統治も急がねばな。教皇猊下がお望みだ」
小国ながら、塩湖と鉱山のある豊かな地である。皇国としても有用な国だ。
元々は魔王が適度に破壊した頃に助けに入り、恩を売る算段だったのだが、結果的に完全な状態で手に入った。
ならば、最大限に利用させてもらうまでだ。
「それと、もう一つ。これは確かな情報ではありませんが、聖女を名乗る死霊がいた、と証言した騎士がおります」
「ほう、聖女を」
「はい」
ギフテッド教において、輪廻転生の概念は存在しない。漂った魂は、新たに生まれた命の糧となり、消滅するのだ。魔物になる場合も同様である。
一部地域では死した者が死霊となるという言い伝えもあるが、聖女セレナが処刑された地とはいえ、そのような妄言は到底信じられるものではない。
バレンタインは顎髭をさすって、思案した。
「ふむ……教皇猊下には?」
「合わせて報告いたしました」
「よかろう」
異端審問官の男は、音もなく消えた。




