ミレイユ
ミレイユはファンゲイルと同じく、人間のように見える。しかし肌は青白く、内に秘める魂は肉体との結びつきが弱い。紛れもなくアンデッドの特徴を備えていた。
厚手のドレスで首から下の肌は見えない。髪色と同じ、吸い込まれそうなほど深い群青色の瞳が私を射抜いた。
「聖魔力……それに聖女とおっしゃいましたか? ファンゲイル様」
「うん、この子は『聖女』のギフトを持った魔物なんだ。珍しいでしょ?」
「それは……」
あまり歓迎されていないね。
聖女はアンデッドにとって天敵だ。私が生前、一人でファンゲイルの侵攻を食い止めることができたのも、相手がアンデッドだったことが要因の一つだ。彼女が警戒するのも無理ない。
「なんで聖魔力があるって分かったの?」
砦でファンゲイルと初めて会った時、聖女であることは見抜かれなかった。
聖霊になったことで魔力量が増えたとしても、体内にある魔力を見定める方法を、私は知らない。
「ミレイユの目は特別なんだ。それに、魔法や魔力操作に関しては僕より優れているよ。冥国幹部の一人で、ここでアンデッドの研究をしてもらってる」
「ミレイユですわ」
「あ、あはは。セレナだよ」
この人、目が怖い!
無表情だし、何考えているか全然分からないよ。
幹部ということは、ランクにしてA以上はあると思った方がいい。戦う理由はないけど、私が勝てる相手じゃない。この目はきっと、私をどう解剖しようか考えているんだ。そうに違いない!
「じゃあ僕は少し休むから、ミレイユは聖女ちゃんのことよろしくね」
「「えっ」」
私とミレイユの声が重なった。
話は終わり、とばかりにファンゲイルは私たちを置いて、階段を登っていった。この魔王城が何階まであるのかは分からないが、やはり最上階に彼の部屋があるのだろう。
石造りの階段は足音がよく響く。一定のリズムで音が遠ざかっていった。
取り残された私たちは、そっと顔を見合わせる。
「えっと……」
気まずい。
美人が凄むと本当に恐ろしい。レイニーさんも、怒った時は震えあがるくらい怖かったなぁ。幸い、その怒りが私に向けられることはなかったけども。
ところでそのボブカット可愛いね! なんて言える雰囲気ではない。
「あなた……」
「ひゃい」
ずずっとミレイユが身を寄せてきた。文字通り目と鼻の先で、彼女の前髪が揺れた。
霊体なのに冷や汗が出そうだよ……。いやむしろ、霊体は精神の影響が直接反映されるから人間より顔に出やすいんだ。きっと今の私の顔には、汗が滝のように流れていることだろう。
血色の悪さを隠すように紅が引かれた唇が、ゆっくりと開いた。
「ファンゲイル様の何なのかしら?」
「へ?」
その発言は、想像の斜め上を飛びぬけた。
「おかしいと思ったのよ。あの方以外に興味を示さないファンゲイル様がいきなり女性を連れてくるなんて……。しかもこんな可愛らしい。さらに聖女ですって? ああ、この国を離れている間にファンゲイル様は変わられてしまったのね……五百年も一緒にいるワタクシより、この小娘の方がいいんだわ」
「あ、あのー」
「なんですの? そうですか、それが勝者の余裕というわけですのね。言っておくけれど、ファンゲイル様はあなたなんかに興味ないですわよ」
なんか、一気に恐怖感がなくなった気がする。さらっと可愛いって言ってくれたし。
ただのファンゲイル大好きっ子でした。恋? 敬愛かな? よく分からないけど、主君のためなら暴走しちゃうタイプらしい。
「私はファンゲイルのペットというか、研究対象というか」
「呼び捨て!? しかもペットですって!? 一体どんないかがわしい研究をなさっていたのでしょうか。もしかして、聖属性などという下賤な魔力でファンゲイル様は汚されてしまったの……? かくなる上はこの小娘を殺すしか」
「なんで私と二人きりにしたの!?」
ファンゲイル、面倒だから私に押し付けたんじゃないでしょうね。
大人の美人って感じだったのに、今はどこからか取り出したハンカチを噛んで両手で引っ張っている。
こんな子が幹部で大丈夫なの……。




