冥国
王国からファンゲイルの国『冥国』へ向かう途中、尋ねたことがある。
どうして魔王が国を作ったのか、と。
魔王とは魔物を生み出す魔物の総称であり、またそれぞれAランクすら超える規格外の力を持つとされる。かつて勇者に倒されたという伝承上の魔王は触れた人間を魔物に変えるスキルを持っていたとされるし、噂に聞く蟲の魔王は無数の卵から多種多様な虫系の魔物を生み出すらしい。
だが人間の王のように、魔王は国に君臨しているから王と呼ばれるわけではない。
私の問いに、ファンゲイルはこう答えた。
『国というか、ある程度の集団を組織している魔王は多いよ。結局、僕ら魔物も仲間が欲しいんじゃないかな。ただ僕の場合は』
彼は遠くを、いや在りし日の記憶を見て、続けた。
『まあ僕の場合は……あの日失った物をがむしゃらに取り戻そうとしているだけなんだけどね』
「おお! ここが魔王の国!」
なんというか、薄暗い。瘴気、つまり空中に漂う闇魔力が充満していて、人間には居心地が悪いだろう。
『不死の森』もそうだったよね。ファンゲイルって薄暗いところが好きなのかも。
冥国は、岩山の中腹に人目を避けてひっそりと作られた国だ。周囲を山や岩に囲まれたこの場所は、近くを通っても知らなければ気づかないと思う。建物は石造りのものが多く、殺風景だ。
実は街に着く少し前から、辺りにスケルトン系やゴーストがそこらを闊歩していた。警備や外敵の排除を兼ねて放っているのだという。さしずめ『不死の山』ってところかな。
「あっ、門番スケルトンだ」
「なんじゃその名前は。スケルトンジェネラルじゃな」
冥国でも大活躍の門番さん。王国にいたのは『破壊王』ニコラハムが倒してたから、違う個体かな。
右手を上げてハイタッチ。硬魔の扱いを覚えれば、私でもハイタッチができるのだ! アレンにやったらケガさせちゃうから、要練習。
「戻るのは十年ぶりくらいかな」
「王様がそんなに留守にしていて大丈夫なの?」
「僕らは不死だよ? 十年なんて大した年月じゃないさ。君もそのうちそうなるよ」
ファンゲイルは五百歳を超えているらしいので、十年なんて些細なものか。
そういえば私も不死の魔物なので、誰かに魂ごと消滅させられたりしなければ長い時を生きることになる。あんまり嬉しくない。
「ゴズとメズは好きに過ごしていいよ。聖女ちゃんはこっち」
「承知した」
二人は過去に一度、ここ冥国に来たことがあるらしい。その時はアンデッドではなかったから居心地が悪かったと言っていたけど、死んで生まれ変わった身体はどうなんだろう。
気になるところではあるけど、私は大人しくファンゲイルに連行される。
王国の王都の半分くらいの広さかな。多くのアンデッドが暮らす景色を横目に、奥の方へ向かっていく。驚いたのは、冥国の中にいるアンデッドは強力な個体が多いことだ。ランクで言えばC以上の、意思を持つほとんどで、Bランクも珍しくない。王国に攻めてきた戦力がほんの一部だったことが分かる。
やがて辿り着いたのは、ひと際大きな建物だ。やっぱ権力者は大きな建物に住みたがるよね。スケルトンが作ったのかな?
「言ってあったとおり、君には僕の研究を手伝ってもらうよ」
ここはファンゲイルの本拠地で、彼女さん(遺骨)の蘇生のために色々研究している場所だ。アンデッドの作り方だったり、進化の仕方だったり、不死に関することなら手当たり次第に当たっているらしい。
「手伝いとか言いつつ、身体をバラバラにして実験に使うんだ!」
「あはっ、なにそれ。そんな勿体ないことしないよ。君にはもっと利用価値があるんだから」
それはつまり、利用価値がなければバラバラに解剖することも厭わないという意味ではなかろうか。
森にあった砦よりも大きな建物に案内され、恐る恐る後ろをついていく。
リッチ(メイジスケルトン系の上位種)が部屋で怪し気な調合をしているのが見えた。私はきょろきょろ視線を泳がせながら、階段を上がる。
「あら、帰っていらしたの?」
「やあミレイユ。紹介するよ。新しい仲間の聖女ちゃんだよ」
見た目は二十代半ばの美しい女性が、ファンゲイルを出迎えた。クリノリンと呼ばれる骨組みを入れてボリュームを出したスカートに、黒と青の豪華なドレスが目立つ。
彼女はファンゲイルの背に隠れる私をその双眸で認めると、眉間に大きくしわを寄せて憎々し気に呟いた。
「まあ、ずいぶん汚らしい魔力を垂れ流しているお方ね」
初対面からめっちゃ失礼!




