帰ろう
「か、勝った……!」
アザレアが仰向けに倒れたのを確認して、アレンが深く息を吐いた。
同時に、地下教会に展開されていた鎖や結界の魔法が消える。禍々しい空気はなくなり、静寂に包まれた。
「待って、まだ意識があるかもしれないよ」
「あ、ああ。でも、どうするんだ? さすがに殺すのは……」
アレンは慌てて聖剣を構え直すが、既に覇気はない。
甘い考えかもしれないけど、私も同じ意見だ。魔物を殺すことに抵抗はなくても、人間相手だと憚られる。たとえ相手が、私の処刑に関与した相手であっても。
「うん、私に任せて」
「え、いや、セレナが殺すくらいなら俺が」
「殺さないよ」
アレンの横を通って、アザレアに近づく。
彼女は聖剣を正面から受けたため、胸から腰にかけて惨たらしい傷がある。法衣は焼け焦げ、血が溢れていた。
でも、虫の息だけどまだ生きてはいるみたい。聖剣の刃渡りはアレンの意識次第だから、咄嗟に手加減したのだろう。
アザレアの横に座って、手をかざした。
「ヒール」
私の行動に、アレンがぎょっとする。
アレンを人殺しにはしたくないからね。結果的に私は無事で、神様も支配されていない。だから、彼女を殺す理由はないよ。
アザレアだって、運命に踊らされただけの少女だ。
私の首にかかる『天使のタリスマン』を巡る悲劇は、とりあえず終わった……と思う。
「生かしておいたら危ないんじゃないか……? 殺したくはないけど、放っておいたらまたセレナを狙うかもしれない」
「うん、捕まえておけるとも思えないしね。ファンゲイルに引き渡したらなんとかしてくれるかもしれないけど……」
彼は魔王だ。人間に容赦はしない。
殺すかもしれないし、実験に使ったりアンデッドにするかも。
でもそれって、結局間接的に殺していることになるよね。
「大丈夫だよ。アザレアには、ちゃんと償ってもらうから」
アザレアの胸の傷はすっかり塞がって、綺麗な肌に戻った。戦闘の跡が残る法衣の奥、身体の中に私の手を差し入れる。
指先で直接、アザレアの魂を握った。魔力をほとんど使い果たし、意識を失った彼女に、魂を守る力は残っていない。
もし今『ソウルドレイン』を使えば、ほとんど抵抗なく吸い取れると思う。食べたくなんかないけど。
「ギフトがなければ、アザレアは脅威でもなんでもないよね」
使うのは、『天使』の種族スキル。神の使いの名を冠していても、この身は魔物だ。進化した際に、例に漏れず種族スキルを獲得している。
そのスキルは――『天罰』。
「生まれた時から縛り付ける鎖から、あなたを解放してあげる。――天罰」
感覚としては、アレンに『勇者』を与えた『祝福』のような、他者の魂に干渉する魔法だ。無抵抗の相手にしか使えない、神のごとき権能。
ギフトの消去、である。
私の手から、神魔力が直接注ぎ込まれていく。
「う……っ」
眠っているアザレアの喉から音が漏れる。身体がびくんと跳ねた。
魂の中の、ギフトを構成している部分が消えていくのだ。想像を絶する痛みだろう。
普通の人と同じレベルまで、魂の強度が下がる。天罰が彼女の魂を焼き焦がした。
「……ふう。神託」
相手のギフトを見る聖女の魔法で、念のため確認する。
神託の結果は、成功だ。『異端審問官』だったアザレアは、ギフトを持たない普通の人間になっている。
「ギフトを消したよ。これで、目覚めたあとも悪さはできないと思う」
王国に侵入して令嬢のフリをしたりとか、ギフトが関係ない部分でも暗躍していたけどね。
でも、一般人のレベルに留まる。私たちの脅威にはならない。
「そうか……一応、レイニーさんに引き渡したほうがいいかもな」
「あ、いいね。そうしよう」
それにしても、ギフトを与えたり消したりできるって、かなり凶悪なのでは……? ギフトは人間の生活に大きな影響を与える。私の裁量一つで、人生どころか国の命運まで左右できそうだ。
うん、安易に使えないね。緊急時以外は封印しよう。
「じゃあアレン。帰ろうか」
「どこに?」
「決まってるじゃん。孤児院に、だよ!」
先に色々片付けないといけないけど。
でも、やっと帰れるんだ。誰よりも大切な、アレンの元に。
「ああ……そうだな」
アレンと二人、手を取り合って笑った。
次回(11月5日)第二部エピローグ




