ありがとう、私を処刑してくれて。
「ははっ! いいね! オレと戦ってくれよ!」
「ネブラフィス、君は僕と遊ぼうよ。あ、聖女ちゃん、おかえり。こっちは任せて」
「ファンゲイルッ! いいぜ、本気で潰してやるよ」
「君が? あはっ、無理だよ」
『蟲の魔王』ネブラフィスと『不死の魔王』ファンゲイル、二柱の魔王が、正面から衝突する。
地下教会はかなり広いけど、魔王同士の争いに耐えられるか心配だ。
とはいえ、アザレアに加えて魔王まで相手するのは大変なので助かる。ファンゲイルにはトアリさんの伝言を伝えないといけないから、死なないでね。
「なによ……」
『天使』に進化した私を見て、アザレアがわなわなと震えた。
「おかしいじゃない。儀式は成功したはずよ。術式も間違いないし、天使のタリスマンだって正常に作用していたのに……」
術式に関してはわからないけど、たしかに儀式は成功していたんだと思う。
アザレアは頭を掻きむしって、私を睨みつけた。髪が乱れる。
「アザレア、あなたの作戦は失敗だよ」
「失敗……? アタシが? そんなわけないわ。この日のために一生を費やしてきたのよ! くだらない演技までして……。神を手に入れる、そのためだけに、アタシの人生は!」
アザレアも若いから、革新派とやらの言いなりになっていただけなのかな。『異端審問官』という、強力なギフトを持ってしまったばかりに、彼女は生まれながらにして運命が決まってしまった。
でも、だからって罪が消えるわけではない。
「たくさんの神官を殺して人造人間を作ったり、トアリさんを殺したり……あなたたちは、人の道を外れたことをたくさんしてきた」
既に人ではない私が人の道を説くのもおかしな話だけど。
「ええ、そうよ! 全ては皇国がより強い国になるため。ギフテッド教が世界を支配するために! あなたたちだって、大好きな神様のために死ぬなら本望でしょう?」
「……何を言っても、私はあなたを許せないよ。でも、一つだけ感謝していることがあるの」
翼を広げて、空中に飛び上がる。
魔力を消し去るアザレアの鎖も、神魔力の前では無力だ。神属性は全ての属性に対して優位に働く。『異端審問官』だって聖属性のギフトには変わりないのだから、神魔力に抗うことはできない。
魔力自体はまだ上手く制御できないけど、神魔力でできた大きな翼は身体の一部のように動かせた。
「私は死んだおかげで、本当に大切なものに気づけたんだ。あのまま王宮で聖女をしていたら、多分私は幸せになれなかった。貴族や王子に嫌味を言われても、みんなのためだから頑張ろう、なんて思いながら、何かを変えようと努力することもなかったと思う」
自分を殺すことが正しいことなんだと、信じて疑わなかった。
聖女としての務めを果たしていれば、神官や民衆は慕ってくれたし、孤児院に仕送りもできた。でも、本当に欲しい日常は手に入らない。
「処刑されて、全てを失って……やっとそれじゃあだめだってわかったの。私は、アレンとの日常が欲しい。普通の女の子として、アレンと生きたい。そう思い知ったから」
かなり遠回りしてしまったけれど。
私は、やっとアレンと並び立つことができた。
「だから、ありがとう。私を処刑してくれて」
自分を殺した相手にお礼を言うなんて、我ながらどうかしていると思う。
もしかしたら、憎しみから目を背けたくて、格好つけてるだけかもしれない。怨恨で戦うわけではないと自分に言い聞かせているのかも。
「俺は正直、セレナを殺したことを一生許せないけどな」
アレンが微妙な顔をしている。
まあ、そうだよね。だからこれは、私の自己満足だ。
でも、私が現状に満足しているのは本当だ。
色々あったけど、こうやってアレンと気持ちを確かめ合えたんだもん。
「もう勝ったつもり!? 隷属に失敗したなら……いいわ」
怒りに顔を歪ませながら、アザレアが一歩踏み出した。漆黒の法衣を翻し、右手を高く掲げる。
私とアレンも、咄嗟に身構えた。
「神魔力を手に入れたなら、あなたで十分よ。――直接支配してあげる」
「あなたたちの陰謀は私が止める」
アザレアが一気に聖魔力を展開したかと思うと、それが全て鎖に変わった。黒い鎖が、絡み合って巨大な魚のような形になった。
レイニーさんが聖なる鎖で巨人を作るのと同じかな。戦闘に特化した、アザレアの本気だ。
「セレナ、いくぞ」
「うん!」