翼
「セレナ……?」
突然身体の感覚が戻ってきて、アレンの声がはっきりと聞こえた。
なんでそんな悲しそうな声なの?
やっと会えたんだからもっと喜んで欲しいな。
さっきまで魂だけの状態だったから、突然戻って来た身体の感覚と膨大な情報に、少し困惑する。
それでもアレンを安心させたくて、ゆっくり口を開こうとした。
「何をしているのかしら? 神よ、あなたは既にアタシの支配を受けているのよ! さあ、勇者を殺しなさい!」
アザレアが勝ち誇ったような言葉を吐いている。
あれ、私に言ってる?
そういえば、私を依り代にして神様を降ろすとか言っていた気がする。その証拠に、私の中で神魔力が渦巻いている。さっきまで、私の魔力を塗り替えようとしていた魔力だ。
でも、同時に聖属性と闇属性も存在している。元から持っていた魔力もなくなっていない。
「セレナ、嘘だよな……? いなくなったりしてないよな……?」
うん、大丈夫だよ。
私が神様に支配されることなんてない。トアリさんが、アレンが、私を信じてくれるみんなが、私を繋ぎ止めてくれたから。
『進化条件を達成しました。必要条件:神魔力 特殊条件:信仰』
身体が戻ってきて、魂の底から力が湧き上がってくる。
久しぶりの感覚だ。魔物特有の、存在自体を大きく強化しランクを上げる現象。
『進化が完了いたしました』
目をゆっくりと開く。アレンの戸惑ったような顔が視界に飛び込んできた。
神魔力が全身を満たしていく。借物だったそれが、定着して身体を作り変える。背中のあたりがうずうずするね。
変化に身を委ねる。
『種族……天使』
バサッ、という音がして、背中から鳥のような大きく白い翼が生えてきた。
「アレン、待ってたよ!」
「セレナ! 大丈夫なのか!?」
「うん! なんともないよ」
いや、なんともなくはないかな?
翼が生えただけではなく、聖霊とは比べ物にならないほど魔力が増えている。数値にしたら十倍は下らないと思う。
しかも、神魔力も使えるようになった。
「な、なんで意識が残っているのよ!」
「ハハッ、面白いな! 魔物が神魔力を支配したのか? そんなこともあるんだなー」
アザレアの目論見では、私は神様に乗っ取られているはずだった。
そもそも、神様を支配するなんて本当にできたのかな? 私に注ぎ込まれていたのは確かに神様の魔力だったけど、意識のようなものは感じられなかった。
あるいは、神魔力を持つ聖女の魂、という存在を手に入れることが目的だったのかもしれない。神様なんて誰も見たことがないのだから、神魔力さえあれば実質神様みたいなものだ。
「セレナ、その姿は……また進化したのか?」
「私、なんと天使になっちゃった」
「天使? それはまた、遠い存在になったな」
村の人たちに否定したのに、本当に天使になるとはね。
でも、魔物なのは変わっていない。ギフテッド教における天使と同一ではないことは確かだ。
結果的に、アザレアが作ろうとした通りに、神魔力を操る存在になっている。
彼女にとっての誤算は、儀式に組み込まれた隷属の術式が作用していないことだ。
「ううん、私はどんな姿になっても、アレンの家族だよ。遠くなんかない」
「ああ、わかってる。これからは離れない。それに俺も強くなったからな」
「おお、それは楽しみだね!」
ここまで無事来られたのは、『勇者』のギフトを使いこなせた証拠だもんね。
アレンがいつの間にパワー系になってる! 家事と育児が得意な男の子だったのに……まあギフト渡したの私だけど。
「えっと……神様の魔力はどう使うんだろう……」
三種類の魔力が反発することなく体内で渦巻いている。でも、操作が慣れている聖魔力や魔物にとって身体の一部ともいえる闇魔力のように、上手く操ることができない。
背中の翼は神魔力で形成されているようなので、翼に意識を集中させる。
「えいっ」
すごい、翼にもちゃんと感覚がある! ヒトダマとかゴーストとか、人の形からかけ離れた姿も経験してきたから今更感は否めないけど。
翼を広げ、身体を捻ることでそれを振るった。私の周りに残っていた黒い鎖は、翼に触れた瞬間ぽろぽろと風化するように消えた。
「おお、すごい!」
「それ、動くんだな……」
「天使だからね!」
天使に進化したことはびっくりしたけど、翼も結構可愛いかも。あと、服も豪華になっているね。法衣なのは変わらないけど、装飾が増えている。
「じゃああとは……」
「ああ。あいつらを倒さないとな」
アレンと手を繋いで、アザレアに顔を向けた。
久しぶりの進化だー!