ex.人造人間
『不死の魔王』ファンゲイルと『勇者』アレンは、順調に洞窟を下っていった。
しかし、敵もまた魔王。その本拠地が手薄なはずがない。『湿地洞窟』の中は魔物で溢れていて、正解の道を選び続けたとしても足止めのせいで時間がかかる。
「くそっ、狭いせいで物量で押されるとキツイな!」
「うーん、面倒だね。ちょっと寒くなってもいい? ――永久凍土」
「ん? ――は!?」
ファンゲイルが小さく杖を掲げた。
杖の先から濃密な闇魔力とともに冷気が流れ落ちる。湯気か霧のようにも見えるそれは、地面に辿り着いた瞬間、一気に足元を広がった。
生物が生存できないレベルの冷気が瞬く間に洞窟を蝕み、凍土に変える。
結界の一種だ。
「おい! 殺す気か」
「勇者なら大丈夫でしょ」
「聖剣を出してる間はな……。でもこれで、虫は動けなくなった」
「高位の魔物には効かないけどね。少なくとも数の暴力にやられる心配はないね」
対面なら二人が負けることはない。しかし、魔物の死骸が積み重なり通路を塞がれてはどうしようもないのだ。
「くっ……俺何もしてないような」
『勇者』は一対一の戦闘でこそ破格の性能を誇るが、魔導士のような広範囲に攻撃する手段は少ない。
セレナを助けたいという思いばかりが先行して空回っていることに、焦りと口惜しさを感じていた。
「足滑らせないようにね」
ファンゲイルがゆったりと歩きながら、トアリの人骨を撫でた。
敵地に赴く際にも、彼女を手放さない。ここ五百年、目の届かない場所に置いたことは一度もない。
「……その骨、邪魔じゃないのか?」
「僕の身体の一部みたいなものだからね。君にとっての聖女ちゃんみたいなものさ。僕の唯一の家族なんだ」
「そうか」
天使のタリスマンを敵が狙っているのだとしても、冥国に置いておくよりもファンゲイル自身が持っていたほうが安全だ。
虫の魔物程度に、ファンゲイルが負けることはない。
――虫の魔物だけなら。
「……やっぱりいるか」
虫がいなくなり、スムーズに洞窟を進むと広けた場所に出た。そこで待ち受けていたのは、縫いあとだらけの身体が痛々しい、生気のない人型。
聖属性の魂を持つ、人造人間だ。その数、十体以上。
「なんだこいつら」
アレンが怪訝そうに眉を寄せる。見た目はおぞましく、気色が悪い。
体格や顔付きは個体差があるものの、先日捕獲したものとだいたい同じだ。聖属性のギフトを持つ魂を身の内に秘める化け物だ。
たった一体でもファンゲイルに手傷を負わせた、皇国の隠し玉である。
「敵だよ」
「わかった」
異形の存在を前にしても、二人は怯むことなく歩を進めた。
アレンが聖剣を正中に構える。
「ホーリー……セイバァアアアア!」
「「「セイケッカイ」」」
アレンの攻撃に合わせて、人造人間が結界を展開する。
一体につき神官が複数人、素材として使われている。一人分の魂ではないのだ。その分、出力も跳ね上がる。
しかし、魔物に対しては有効でも『勇者』は人間だ。
「よしっ!」
たった一振りで、人造人間を三体、結界ごと切り裂いた。
「化け物みたいな見た目だけど、大したことないな」
「あはっ、僕は腕一本持ってかれたけどね」
「本当か? なら下がっててもいいんだぜ」
前回戦った時は、不意を突かれた形だった。それだけならファンゲイルが傷を負うことにはならなかっただろう。
腕を差し出すハメになったのは、トアリの遺骨を守るためだったのだ。
「おっと――氷狼」
次々と仲間を破壊するアレンには見向きもせず、人造人間たちはファンゲイルを執拗に狙い続ける。虚ろな目が常に見ているのはトアリの骨が首にかける『天使のタリスマン』だ。
単純、故に厄介だ。
圧倒的な聖属性の魔力は、ファンゲイルを着実に追い込んでいく。氷の魔法も、闇魔力によって作られたものだ。魔力量だけなら『聖女』にも劣らない人造人間たちに囲まれてしまえば、いかに魔王といっても無力だ。
「ねえトアリ、君が尽くした皇国は、今こんなものを作ってるんだよ。バカだったよね、僕も君も。僕の開発した術式と、君が発展させた皇国。その結果がこれなんだから」
通常、人間はギフトの力を全て引き出すことができない。なぜなら、ギフトは魂から力を得ているため、使いすぎれば魂が摩耗するからだ。
しかし、人造人間には関係ない。
「本当にやられてないだろうな!?」
いや、別に魔王がどうなろうと関係ないけど……とアレンは内心で言い訳しながら、人造人間を切り倒していく。神官の魔法は『勇者』に効かない上、敵の肉体は人間ではないので聖剣が有効である。余裕だった。
「トアリ……」
次々と湧き出る人造人間に、ついにファンゲイルが呑み込まれた。
その手がトアリの骨に伸ばされる。そして――天使のタリスマンが奪われた。