神
黒い鎖にぐるぐる巻きにされ、私は連行されている。
もしかして私、いっつも攫われてない!?
孤児院から聖女として王宮入りした時から始まり、処刑されたと思ったら魔物にされ、頑張って人型になったら今度はファンゲイルに攫われ……。
行き当たりばったりの性格が災いしているね。いや、むしろこの順応性に助けられることのほうが多いかも?
「んーんー」
ついに口も塞がれてしまったので、声も出せない。
アザレアが作った黒い結界。壁にしか見えないそれに吸い込まれた先は、不思議な空間だった。地面も空もない。星空のようなきらきらした空間が周囲に広がっていて、どこまでも続いているようにも見えるし、目の前に壁があるようにも見える。
その星は、よく見ると魂の欠片だ。生物の肉体から抜け出し、次の生命の礎になるべく漂う魂。
ヒトダマとは違う、純粋なエネルギーの塊だ。
(ここは魂の通り道なのかな)
どこか懐かしい感覚だ。きっと私も、ヒトダマになるまでここにいたのかもしれない。
地上で魂の欠片なんて見たことないもんね。すぐに捕まえないと、死亡してすぐにどこかへ消えてしまう。
それがこの場所なのだろう。
夜空を泳ぐように移動するアザレアは口を開かない。
どれだけ時間が経っただろう。彼女は突然停止すると、手を掲げて先ほどと同じ黒い結界を出した。『異空間結界』って言っていたかな。
入った時と同じように、異空間結界を通って銀河の外に出た。
「ああ、ついにこの日が来たのね」
「んーん」
「数百年間受け継がれてきた悲願がついに達成される……あとは天使のタリスマンさえ揃えば」
恍惚の表情を浮かべて、アザレアが私の頬を親指で撫でた。王国で見た愚鈍な令嬢と同一人物とは思えない。
銀河を出た先は、教会のような建物の中だった。王国の礼拝堂に似ているけど、窓はなく調度品の類も一切置かれていない。
床にはびっしりと魔法陣が描かれていて、円の中央にある柱に縛り付けられた。身動きのとれない私に抵抗する術はない。
「んー!」
「ふふ、良い姿ね。聖女だとか言われてちやほやされていたのが嘘みたい。そうね、遺言があったら聞いてもいいわよ」
聞くだけね、と私の口を塞いでいた鎖が外された。
「……『聖女』が羨ましいから殺したの?」
私はこんなギフト、欲しくなんてなかったのに。
「そうねぇ。アタシが『聖女』だったら話が早かったわ。でも嫉妬が原因みたいに言われるのは心外。ただあなたの魂が必要だっただけよ。最も魔力が高まる十五歳。純潔で無垢な聖女の魂がね」
「なんの、ために?」
「神を呼ぶために」
綺麗な顔付きなのに、笑顔はひどくおぞましい。
黒い法衣を翻して、アザレアは高らかに笑った。
「五百年前、ギフテッド教会は神を地上に降ろす方法を見つけたの。その儀式に必要なのが、神の代行者と呼ばれる『聖女』と天使が作ったと言われる『天使のタリスマン』」
五百年前……ファンゲイルとトアリさんが生きていた時代だ。
つまり私もトアリさんも、そのために殺されたってこと?
「素敵じゃない? 儀式に成功すれば、神を手にすることができるのよ! そうすれば皇国の力は大陸、いえ、海の向こうの国すら支配できるの。世界の覇者になれるわ」
不敬なんていうレベルではない。
そもそも神様を降ろして、さらに支配するなんてことできるの? 私は神の実在すら疑っているんだけど……彼女は成功を疑っていない。
世界統一? そんなバカげた夢を五百年前に抱いて、何人もの人生を壊してきたのか。
「……皇国の人はみんなそう思っているの?」
「まさか。ほとんどの信者はバカ正直に教義を信じているわ。愚かでしょう? 気づいているのはアタシたち『革新派』だけ。ふふふ、大きな顔をしている聖騎士どもを引きずり下ろすのが楽しみね」
「良かった。レイニーさんは知らなかったんだね」
レイニーさんにまで裏切られてたら、誰も信じられないよ。
「レイニー?」
アザレアの眉がぴくりと動いて、目がかっぴらいた。
「アイツには散々邪魔されたわ。何が聖女よ! 枢機卿よ! いいわね、綺麗なギフトを持って生まれた奴は!」
「いたっ」
突然激昂したアザレアが私の髪を掴んだ。物理的な痛みではなく、魂を直接削られる激痛だ。
結局嫉妬してるじゃん! 情緒不安定すぎて怖い。
「レイニーだけじゃない。あのクソ王子もアタシの身体にしか興味ないくせに、天使のタリスマンの場所を吐かないし……それなら王国ごと皇国が統治しようとした矢先に、魔王が持って行っちゃうし。皇国に送ったはずの聖女の魂はなぜか魔物になってるし。あああ、もう! 何にも上手くいかなかったんだから」
ばし、ばし、と何度も頬を叩かれる。痛い。
彼女はいつから王国に潜んでいたんだろう。まあ皇国から見たら王国なんて簡単に忍び込める場所だったと思うから、簡単だっただろうね。
私を処刑すれば魔王の侵攻が再開される、というところまで織り込み済みだったのだろう。適度に王国が破壊されたところで皇国が助ければ、そのまま支配下に置くことが可能だ。
想定外だったのは私の存在とファンゲイルの狙い。
たまたまだけど、私の行動が彼女たちの目論見を阻止していたことになる。
「おいおい、殺すなよ~?」
「殺さないわよ! あんたは早くタリスマンを持って来なさい、ネブラフィス」
「わかってるならいいけどよ」
奥の暗がりから現れた女性が、ぶっきらぼうに言いながら頭を掻いた。
腰から下は巨大な蜘蛛のような姿。上半身は裸の女性。
「ネブラフィス……『蟲の魔王』だ!」