6-20 初夜
洞窟に陽が差し込み始めた頃、目が覚めると既にアビエルが起きていた。
「もう大丈夫なのですか?」
「大丈夫です」 すっかり顔色が良くなっていた。 傷口も塞がったようだった。
「昨夜は大分熱にうなされていましたけれど、覚えていますか」
「ええ、私はあなた様の“モノ”になったのですよね。 私のこの命、どのようにでもお使いください」と言って笑った。 笑った時に見えた八重歯が可愛いと思った。
俺は彼女を生かすためとはいえ、とんでも無いことを言ってしまったのではないかと思った。
「他には何か覚えていますか?」
「何か夢を見ていたような気がしますが、良く覚えていません」
「そうですか」
俺はファウラに念話で川沿いに下ることを伝えると、ザウフェルの言うとおり川沿いに歩いていった。 1時間ほど歩いた頃、上空にグレンが飛んでいるのが見えた。 グレンの方もこちらに気づいたらしく、旋回しながら舞い降りてきた。 そして前方の芦原が開いたかと思うと、3人の子どもが現れた。 いや、小柄ではあったが、顔は大人、身長130センチぐらい人間だった。 皮の服に槍を持った3人は、俺たちに気づくと駆け寄ってきた。
「レギオンの新王様ですね」 一人が言った。
「はい、あなた方は?」
「この辺りに住むブルカ族の者です。 我らの村にご案内いたします」
「なぜ、我らがここにいることを知っているのですか?」
「あるところから、レギオンの王様がこの近くにお立ち寄りだとお聞きしました」
「近くにも我らの仲間がいると思うのですが・・・・」
「大丈夫です、別の者が出ておりますので、じきお会いになれるでしょう」
男達について行くと、前方に人だかりが見えた。 その中にアドルやリースを見つけた。 向こうもこちらに気づいたようで、こちらに手を振ってきた。 その時、茂みの中から、1匹の魔獣が飛び出しアビエルに襲いかかった。 ブルカ族の数人が弓を構えた時アビエルが叫んだ。
「射るな、これは違う、私のガルだ」 灰色の魔獣は尻尾を振りながら、アビエルの顔をなめ回した。
「カケル様、ずっとお二人だったのですか?」とファウラ。
「そうだ、カケル様は一晩中アタシの体をなでてくれたのだ」とアビエル。
「何ですって!」 ファウラの顔色が変わった。
「ちょっ、アビエルさん、なんてことを。 ファウラさん誤解です、何もありませんよ、彼女の傷を治療していただけです」
「本当ですか? 昨日までカケル様を殺すとわめいていた彼女が、今は“カケル様”と呼んでいます。 何も無かったとは信じにくいです」 完全に疑っている様子だった。
「何も無いことは無いぞ、私は身も心もカケル様の“モノ”になったのだからな」
「アビエルさん、また誤解を招くような言い方をしないでください」
「カケル様、私とさえまだそのような関係になっていないのに、妻の私を差し置いてそのようなことをなされるとは、あんまりです」 彼女は泣き出した。
「なんだ、お前達はまだだったのか? 」
突然、ファウラは泣きながら走りだした。 俺は慌てて後を追った。 なだらかな下りの草地の斜面を50メートルほど走ったところで、彼女が草の上に倒れ込んだ。 そして突っ伏したまま動かなかった。 俺は駆け寄り助け起こそうとすると、手を振り払われた。
「触らないで! カケル様は私のことがお嫌いなのですね。 だからこんな仕打ちをされるのですね」
「誤解です。 説明します、どうか話しだけでも聞いてください」 俺は何とか彼女を落ち着かせ、昨夜のことを説明した。
「本当にそれだけだったのですか?」 彼女は体を起こすと俺の目を見つめた。 目は赤く泣きはらしていたが、もう泣いてはいなかった。
「でもカケル様は、本当は私との結婚は望まれてなかったのではないですか?」
「そんなことはありません」
「では何故、私に対してよそよそしいのですか」
「そ、それは、私は女性とお付き合いしたことがないので、どう接して良いのか分らなかったのです」 俺は頭を掻きながら言った。
「そうなのですね」 彼女はまた目に泪を溜めた、しかし顔は笑顔だった。 彼女は泪を拭くときっぱり言った。
「誤解して申し訳ありませんでした」
「では信じていただけるのですね」
「はい、でも今夜は、宴となってもお酒はお控えください」
「えっ!」
「今夜こそは、シラフでお休みになっていただきます」 有無を言わせないという言い方だった。
「はい」 俺たちは、アドル達の方へ戻っていった。 すると彼女の方から俺の手を握ってきた。
ブルカ族の街は、木製の質素な作りの家が建ち並ぶ、清潔な街だった。 ファウラの説明によるとブルカ族は、体は小柄であるが手先が器用で、勇敢で約束を守る種族だと言うことだった。 俺たちは族長の屋敷に案内された。
「新王様、よくおいでくださいました。 私がここの長のウロロと申します。 ブルカ族は、先先代のケント王の時に、魔獣に村々が襲われて困っていたときに、王様自らレギオンの兵を率いて退治してくださったのです。 そのような訳で我々はレギオンには感謝しております。 このような田舎ゆえ大したおもてなしも出来ませんが、どうぞごゆるりと」 白い長い眉毛と髭を生やした族長が言った。
その夜は、街の主立った者が集まり、歓迎の宴になった。 当然、次から次と酒を注ぎに来る者が後を絶たなかったが、今日はいつもと違っていた。
「王様、どうぞお飲みください」 酒を注ぎに来る者に対して、隣に座ったファウラが、横から口を入れるのだった。
「ありがとうございます。 しかし申し訳ございませんが、王様はお酒が得意ではないのです。 代わりに王様のサムライのアドル殿が代わりにお受けいたしますので」
「お、おう、頂きますぞ」 俺の隣に座ったアドルがその分、ぐいぐい飲むのだった。
夜が更け宴がお開きになると、俺とファウラは同じ部屋で休むことになった。 灯りを消して、一つの床に入ると、俺たちは初めて一つになった。




