6-19 山の魔物(2)
俺はアビエルの治療を続けた。 やはり俺にはあまり向かないようだったが、それでも傷の方は大分塞がってきた。 熱が気になったが、それでも落ち着いたようにみえた。
ふと、前を見ると、火の向こう側に黒い影が立っていた。 俺は驚いた、全然人の気配がしなかったからだ。
「だれだ!」 俺は身構えた。
「これは失礼、私はザウフェル・ミーライルと申します。 巷では“グラッツ山の魔物”と呼ばれているようですが。 あなたは、レギオンのカケル王ですね、そしてそちらは、バウファルの娘ですか・・・」 男は全身を黒いマントに身を包み、やせた青白い顔に銀髪、彫りの深い顔の眼窩に光る青い瞳は、どこか寂しげな印象を与えた。
(これが魔物? 何故か怖い感じはしないが・・・)
「なぜ、ご存知なのですか? この霧も、あの魔獣もあなたのしわざですか?」
「いや、出来ないことはないが、私が仕組んだことではない。 なぜ知っているかという質問の答えは、私が知りたがりだからとでも答えておこう」
「私に何の用ですか?」
「君と話しをしてみたいと思っていたのだ。 君は実に興味深い」
「どういうことですか」
「君は、12王がなぜこの世界に送り込まれてきたのか、知っているかね?」
「いいえ、分かりません」
「そうか、私はこう思うのだよ。 12王はこの世界に秩序を築くために送り込まれたとね。 千年も考え続けた私の推論なのだがね。 千年前に12王が送り込まれ、混沌とした世界に秩序がもたらされた。 それは12王の力の均衡による支配というものだった。 しかし、今やそれが崩壊しつつある。 今は古き秩序の終わり、そして新しき秩序の始まりとね。 もちろん新たな秩序が構築されるまでには、戦乱と混沌の時代が続くでしょう」
「それで・・・」 俺はこの男の意図がはかりかねていた。
「それで新たな秩序とはいかなるものであろうかと。 12王の力が再び均衡するのか、あるいは別の形になるのか、私は非常に興味があるのです」
「・・・・・」
「君は新王になられて、どうしたいと考えられているのですか」
「私は、思いもかけず王になってしまいました。 正直なところどうすべきか分かりません。 ただレギオンとこの森に住む全ての人々が、安らかに暮らせるようにしたいと考えているだけです」
「君は正直な人だ。 千年以上生きていると、人の嘘はすぐわかる。 だが君が置かれている環境は厳しいものだ。 先の橙のレギオンとの戦いは、なんとか乗り切ったが次はそうはいかないだろう。 橙のレギオンが再び攻めて来るのは間違いないし、水晶のレギオンも直接攻撃を企画しておるようだ。 どうするね」
「なぜあなたは、こんな山奥でそんなに詳しいのですか。 レムの力でこの場にいながら全てを見通しておられるのですか?」
「そうではないが、近いかも知れない。 我らはどこにでもいる」
「あなたは何が言いたいのですか?」
「つまり、私は君のことが心配なのです。 私は君のことを応援しているのですよ」
「何故です」
「君は実に面白い、どこのレギオンにおいても過去にいなかったタイプの王だ。 なりたくも無いのに王になってしまった経緯もそうだが、君は他の種族の者をサムライにしたり、他の種族に協力を求めたり、他の王には出来ない発想だ」
「そうでしょうか、私には見た目が少し違うくらいで、区別したり差別したりすることはおかしいと思うのですが」
「君は別の世界からきているからそう思えるのかも知れないが、この世界では種族間の恨みは深い。 それ故、君がどのような世界を作っていくのか大変興味深いのだよ。 間違いなく君が、新しい秩序の構築の鍵を握っていると私は考えている」
「それで、あなたは私に何を求めているのですか?」
「私は君に求めているのでは無い、提供しようといっているのだ」
「何をです?」
「情報だよ。 君に足りないのは兵力もだが、情報だ。 敵のレギオンの戦力、作戦、率いる将軍などの情報がいち早く知ることが出来れば、対応もしやすくなるのではないですか。 私にはそれができる」
「それは有り難いですが・・・」
「私が信用できないということですね。 無理もありません、私はあなたのことを良く知っているが、あなたは私のことを知らない。 少し私と一族の話をしましょう」
彼は火の反対側に座った。
「12王が現れる以前、私は当時のアデル族の族長、つまりアッセイのバウファルの先祖とある事情により対立していた。 やがて対立は決定的になり私と私の一族は、アデル族と袂を分かつた。 それ以来我らは世の中から離れ、ひっそり隠れ住むようになった。 そして12王が現れた時にこの山に移り住んだのだ」
「バンパイア(吸血鬼)という噂は、本当ですか?」
「フッ、噂を聞いたのだね。 バンパイアが何故血を吸うか知っているかね。 血を吸うことにより、その者の命つまり寿命を手に入れることが出来ると信じられていたからだ。 そんなものは迷信だ。 だが過去にはそれを信じて、一族の者に吸血をする者も確かにいた。 今はいない、そんなことをせずとも我々は元々長命なのだ。 だが噂には更に尾ひれがついていくものだ」
「分りました、あなたは我々に関わることによって、自分や一族の名誉を回復したいのではありませんか。 もう一度表の世界に出たいのでしょう」
「そう言う気持ちが無いといえば嘘になる。 しかし少し違う、これからできる新しい秩序の構築に関わりたいのだ。 自分達が忘れ去られた存在では無く、重要な役割を果たしたと言えるように。 もうただの傍観者ではいたくないのだ」
「でもなぜ私なのですか?」
「君しかいないのだ。 どの種族からも忌み嫌われている我々を信じ、受け入れてくれそうな王は。 君なら全ての種族が安寧に暮らせる、新たな秩序を創ってくれる気がする」
「私にはそんなことが出来るのか自信はありません。 なので今は何も約束はできません。 しかしもし、そのような世界を創ることができたら、あなた方が表の世界で堂々と暮らせるようにしましょう」
「それで結構だ、君は君の思うように行動すれば良い」
「では、あなたが私のサムライになっていただけると言うことですか?」
ザウフェルは少し考えてから
「 良いでしょう、私はあなたに忠誠を誓いましょう。 ただし、この件は秘密にしておいて欲しいのです。 レギオン内にもです」
「何故です?」
「理由は2つあります。 一つは、これはレギオン内では受け入れられないでしょう。 マブル族の者をサムライにしただけでも、レギオン内には反発があるはずです。 もしこれが知れれば、レギオンは分裂するかも知れません。 もう一つ、我々は影の者です。 緑のレギオンに加勢していることが知れれば、諜報活動に支障をきたす恐れがあるのです。 それともう一つ言っておかなければならないことがあります。 我らは様々なレギオンの様々な者達と接触します。 もしかしたら、理解に苦しむような情報を見聞きすることがあるかも知れません。 それでも信じてもらえますか? 」
「分りました。 しかし、誰にも話さないと言うことは無理があると思います。 私が急に誰も知らないようなことを知っていたら、情報の出所を不信がるでしょう」
「では、1名だけ、ユウキ殿が良いでしょう」
「分りました」
その後、ザウフェルはサムライの誓いをした。 そして去り際に言った。
「これは私からの贈り物です。 恐らく明日は晴れるでしょう。 そうしたら仲間のことは気にせず、川に沿って下って行ってください」そう言うと、急に姿が闇に消えていった。




