6-18 山の魔物(1)
翌日は朝から濃い霧が辺りに立ちこめていた。 俺たちは、はぐれないように騎竜を降りて固まって少しずつ進んだ。 グレンも歩いてついてきた。 霧は一向に晴れず、2時間ほど進んだ頃、騎竜の落ち着きがなくなってきた。
「おかしい、何かいる」とアドル。
木がまばらになった場所に出た頃、辺りに赤く光る目のようなものが、無数に見えた。
「魔獣か? 気をつけろ、襲ってくるぞ」とレオン。
赤い目が次第に近づいて来て、やがて姿を現わした。 それは巨大な黒いモップの塊のような体に6本の足、そして巨大なカマキリのような鎌を持っていた。 体は牛ぐらいの大きさがあったが、動きは素早かった。 姿を現わしたかと思うと、奴らは一斉に攻撃してきた。 そしてその内の2匹が俺に向ってきた時、“ヒュン”という音がしたと思うと、魔獣の鎌に鞭が絡みついた。
「ボーッとするな! だから言ったのに」 それはアビエルだった。 俺は“雷光”を抜くと、続けざまに2匹の魔獣を斬り捨てた。
「ありがとう」
「フン、こんなところで死なれては困るんだよ」とアビエル。
レオンやアドル達も次々と迫り来る魔獣を退治していった。 しかし、魔獣は次から次と襲って来るのだった。 騎竜たちは俺たちの内側に固まっていたが、ファウラの荷物を積んでいた騎竜が恐怖に耐えかねて、突然走り出した。 しかし止めるのも間に合わず、魔獣の鎌で首を切断されて倒れてしまった。
アビエルの鞭が魔獣の腕に絡みついた。 魔獣は鞭ごとアビエルを前に引きずり出した。 その時もう一匹の魔獣がアビエルに襲いかかった。 俺はその魔獣を攻撃しようとしたが、間に合いそうになかった。 俺はとっさに彼女に覆い被さると鎌を避けた。 しかし、勢い余って転がると、そこには地面が無かった。 俺は一瞬パニックになり、浮空術のことが頭に浮かばず、レムでガードすることしか出来なかった。 崖を転がり落ちた後、気が遠くなっていった。
俺が目を覚ますと、そこは河原だった。 すぐ側にはアビエルが倒れていた。 彼女は左肩と右足に怪我をしていた。 出血もかなりあった。
(おれはどれ位気を失っていたのだろう。 早く治療しなければまずいぞ)
俺はシャツの袖を破いて傷口の上を縛り出血を抑えると、手をかざしてレムによる治療を試みた。
(出来るはずだ、イメージしろ)
1時間後、出血が止まり、傷口が塞がりかけていた。
(さすがにグレアムさんや、ファウラさんのようにはいかないか。 だがとりあえずこれで、何とかなりそうだ) 俺は近くにあった洞窟に彼女を横たえると、念話を試みた。
「レオンさん、ファウラさん、グレン、誰か聞こえるか」
「カケル様、ご無事ですか?」ファウラだった。
「ファウラさん、こっちは大丈夫です。 そちらは大丈夫ですか?」
「はい、こちらは皆さんが魔獣を撃退してくれました。 カケル様が見えなくなり、皆心配していたのですが、霧のせいで探すこともままならない状態で、どうしようか相談していたところでした」
「それじゃあ、レオンさんに伝えてください。 こちらは崖から落ちて、河原の側の洞窟にとりあえず避難している。 この霧で歩き回るのは危険だから、今日はそのまま安全の確保だけして、じっとしていてくださいと」
「承知しました。 カケル様もお気をつけください」
洞窟の火の側で寝ていたアビエルは、目を覚ました。 汗をびっしょりかいていた。
「ここは、どこ?」
「崖の下の洞窟です。 怪我をさせてしまい申し訳ない」
「どうでも良いことだ。 私の命には価値が無いのだから。 どうか放っておいてくれ、私が死ねばもうつきまとわれずにすむぞ」 熱で苦しそうにしながらも笑った。
「なぜ、そんな言い方をするのだ」
「我らは、強い者と弱い者、支配する者と支配される者、弱肉強食の世界だ。 そんな中で私の居る場所が無いのだ。 だからこれ以上生きたいとも思わない」
「どうすれば、あなたは生きたいと思うのですか?」
「私に生きる価値があると思えれば、私の命を必要だと思ってくれる人がいれば・・・」 ようやく俺は彼女の考え方が少し理解できたような気がした。
「ならば、私のために生きろ。 私にはあなたの力が必要だ」
「ふっ、私の支配者になると言うのか? 私はお前の“モノ”になると言うのか?」
「そうだ!」
「良いだろう」 そう言って笑うと、目をつむった。 額に手を当てるとかなり熱があった。
 




