1-9 休息
3時間後に起きると、残っていた堅パンと干し肉で食事をとった。
「今後の予定について説明します」ジュリアンが俺たちに向いて話し始めた。
「我々はこれから東に向います。正確にはバロンの手前に見える十字路を右に行きます。 そこで2手に別れます。私とエレインはバロンに行き食料その他必要なものを調達してきますので、ホーリーと賢者様たちはそのまま進んでください。 3キロほど進むと川にあたるはずです。その川の手前で、待っていてください」
「なぜ、みんな一緒に行かないんだ」俺が聞いた。
「バロンでは、軍隊が集結しているはずです。次の獣人族の襲撃を警戒してぴりぴりしていると考えられますので、そこへ賢者様が行かれたら、余計な面倒の種になりかねません」
「なるほど」クロームが言った。 皆、立ち上がると荷物を担ぎ林から街道へ出て行った。
十字路までくると、ホーリーはエレインに覆面の下からボソボソと言った。
「めずらしいからって、大きな声をあげない。 キョロキョロしない。においにつられて食べ物をねだらない」
「ホーリー姉、子どもじゃないんだから、そんなことしない」と怒ったようにエレインは言った。 それを見ていたジュリアンは苦笑していた。
俺たちはそのまま東へ歩いていくと、やがて川が見えてきた。 この川はおそらく、一昨日俺たちが舟で渡った川の下流だろう。 川幅は300メートルほどだろうか、薄い緑に濁った水が緩やかに流れていた。 時折、水面から水しぶきが上がるのが見えた、魚が水面上を飛んでいる虫を捕らえようとしているのだろう。 川には木製の橋が架かっていた。 頑丈そうとはお世辞にも言えない欄干もない橋だが、一応馬車も通れるくらいの強度はありそうだった。 橋を渡っているのは二人の男と牛に引かせた荷車が一台だけだった。 俺たちは橋の下でジュリアンたちを待つことにした。
「私は街道が見渡せるところで、ジュリ姉たちが帰ってくるのを見張ります」と言って、ホーリーは姿を消した。
橋の下の、丸い座りごこちの良い石に腰を下ろした。 今までずっと何かを考えているかのように、黙って歩いていた上代だったが、意を決したようにクロームを向くと、話しかけた。
「クロームさん、いくつか質問があるのですが・・・」
「なんだね」
「こちらの魔法、いやレムの力というものについて教えていただけますか。 あなたが使われた、時空間を超えたのも、その力なのでしょうか。 そもそも異世界の者どうしが、こうやって話ができるのはなぜなのでしょう」
「うむ」何から話したものかと考えるように、ちょっと上を見上げたのち、上代の方へ顔を向け話始めた。
「まず、我々がこうして話ができることについては、私にもうまく説明ができない。 お互いに使っている言葉が違うということは、間違いないと思っている。 私が向こうの世界に渡っているときにも、なぜか向こうでの話が理解できていた。 自然に自分たちの言葉に変換されているとしか考えられんが、それがレムの力によるものなのか、わからない」そこまで話すと、一息ついて、さらに続けた。
「レムとはこの世界にある全てのものから、わずかに放出されている力の源のことだ。それを集め具体的な事象の発現や物質化されたものをレムの力、あるいは単にレムと呼んでいる」
「それって魔法ってことか。やっぱりここは魔法が使えるのか」俺はたずねた。
「向こうでは、魔法という言い方をするのか」
「クロームさん、それは動物や植物などから生体エネルギーをもらうということでしょうか」上代がたずねた。
「それでは完全ではない。 生き物だけではない。 この世界にあるあらゆる物から、レムは出ている。 石からも金属からも風からもだ。 石や金属は動いていないように見えるが、実は常に振動しているのだ、もちろんそれはごく微細であるため、感じることはできない。 その微細な振動からわずかな力が、常に放出されているのだ」
「それって、物質の原子あるいは素粒子レベルでの振動ということをいっているのか。 もしそうだとしたら、その振動波のエネルギーを収束させて放出させたり、物質に変換したりしているのであれば、我々の科学を超越していることになる」
「もしかしたら、アニメの『龍玉』の主人公が繰り出す『ハッスルボール』の技もできるということか」 俺は上代の顔を見つめた。
「かもな」あきれたように、答えた。
「“げんし”や“そりゅーし”云々は良く分からんが、レムの力については、まだまだ明確に説明できないこと多い。 人族の学者の中には、これを系統立てて分類し、原理の解明についても学問として研究している者が多数おる。 神官たちは、レムの力は神より与えられた力なのだから、その深奥を知ろうとすることなどできはしないし、できるなどと考えるものは僭越であり、神への冒涜だと言っているがね」
「そのレムの力は、こちらでは誰にでも使えるのですか」
「誰にでも使えるというものではない。 適正があるものにしか使えない。種族によってばらつきはあるが、概ね三割ぐらいだろうか」
「俺たちも使えるようになりますか」俺はたずねた。
「ユウキはたぶん大丈夫だろう。 カケルの方は分からん」
「どうやって調べるんですか」
「いくつか確認する方法はあるが、後で試してみよう」話題がいったん途切れた。
「ところで、俺も質問があるんだけど・・・」と少し言いづらそうに、続けた。
「黒ニャンは、やっぱり猫なのかい」
「だれが黒ニャンだ。 クロームだ。 猫というのは、日向でいつも丸くなって寝てばかりいる、ニャアニャア言うやつか。 失礼な、あんなのと一緒にしないでくれ。これでも『オーリンの森の賢者』と呼ばれているのだ」
「我らはマブルという種族じゃ。 人族は、獣人族と呼ぶがな。 獣人族にも、いろいろあって、獣の姿のままの者や、半獣人や、ふだんは人族の姿をしているが、あるきっかけで獣の姿に変身する者もいる」
「ますます興味深い世界だ」上代はうなるように独り言を言った。