6-7 エルム族の姫
グレンがレーギアに戻ってからの食欲は凄かった。 丸1日以上何も食べていなかったとのことで、まるで誰かに盗られるのを心配するかのように“ガツガツ”と飲み込んでいた。 俺がその横でそんな姿を眺めていると、ジュリアンが入ってきた。
「カケル様、グレンが戻って良かったですね」
「ええ、ジュリアンさんが別動隊を手配してくれていて、助かりました」
「私ではありませんわ。 ユウキ様の読みが当たったのです」
「そうだね。 今回の件では、皆に迷惑をかけてしまった。 オイ、グレン、少しは反省しろよ」 グレンは、聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか、俺の言葉を無視して食べ続けた。
「ところで、あの倉庫に捕らわれていた女性はどうなりました?」
「あの女性は、レーギアにおります。 どうやらエルム族の姫様のようです」
「エルム族?」
「エルム族というのは、この大陸に古くから住んでいた人々といわれています。 オーリンの森では、ここより北方に住んでおります。 少し衰弱しておりますが、明日には大分回復すると思われます」
「そうですか。 とにかく良かった」
翌日の午後、公務を終えて戻ってくると、ジュリアンが近づいてきて言った。
「昨日お話いたしました、エルム族の姫ですが、カケル様にお礼を申したいとのことです。 お会いになりますか」
「ええ、是非」
「エルム族、族長ベラスラ・スフィン・サウルの娘ファウラと申します。 助けていただき、本当にありがとうございました。 王様自ら助けて頂けるとは思ってもおりませんでした」 檻から助け出した時とは、見違えるような姿だった。 白い綿と麻のシンプルなシャツとズボン姿に、卵形の白い顔、大きな瞳、紫色の髪を後ろでまとめていた。 不思議な金色の瞳で、見つめられると引き込まれそうになる美しさがあった。
「どういたしまして、偶然別件であの倉庫を調べていただけですので。 ところで、どうしてあのような者たちに捕らえられてしまわれたのですか」 俺がそう尋ねると、彼女は少し考えるような表情をすると、俺の顔を見つめて言った。
「私、王様に会いに来たのです」 そう言うと、ニッコリ笑った。
「私に、何故ですか?」
「前王がお亡くなりになられて、新王が立たれたとお聞きしました。 しかもとてもお若い王様だと。 お悔やみとお祝いを述べに、族長の使者を出すことになったので、私が志願したのです。 そしてこちらに向う途中、あの者たちの罠にかかり、捕らわれてしまいました。 供の者たちは私を守ろうとして殺されてしまいました」
「それは私のために、申し訳ないことをしました」
翌日の戦略会議
俺はエルム族の姫の話をした。
「それで戴冠式が済んだら、私は彼女を送りながら、族長に会いに行こうと思うのです」
「例の周辺種族を取り込む計画の第2弾ですか?」 アンドレアスが言った。
「エルム族の説得は最も難しいでしょう」 グレアムが言った。 そして静かに続けた。
「エルム族は厳密には“逃れの民”とは違います。 そもそもこの大陸に住む人族は太古に別の大陸から移り住んだと言われております。 そしてそれ以前にこの地にすんでいたのがエルム族の人々で“古き人々”とも呼ばれています。 初代のゴードン様がこの地に拠点を定められた時には、彼らは森全体に広く住んでおりました。 しかし他の“逃れの民”たちが流入すると、現在の北の地域に追われるように集まり住むようになったのです。 彼らにすれば理不尽なことであったのでしょうが、12王の力には抗えず、更には元々争いを好まない種族であったため、現状に甘んじているだけでしょう。 ですから、カケル様が説得されようとも、我らに加勢してくれるとは思えません」
「私もグレアム殿の意見に同意します」とアンドレアス。
「しかし、最初から諦めてしまっては、何も変わりません。 我々には選択肢もないのですから」
「カケル様がそこまでおっしゃるのなら、お止めいたしません」とグレアム。
「それでは、その線で準備をお願いいたします」
二日後、俺の戴冠式が行なわれた。 レーギア内では既に王としての実務をこなしているので今更なのだが、グレアムや大臣達が、公に発表し街の有力商人や外国の大使などに認められることで始めて、新王が立ってと認められるとのことだった。 その日は一日中、様々な人に会い祝辞を受けたのだった。
その日の夜、俺が疲れた体をソファーに横たえていると、エレインが凄い剣幕で乗り込んできた。
「カケル様、明日からエルム族の街に向うと聞きました。 そのお供に私たちが入っていないとは、どういうことですか」 今にも殴りかからんとする勢いだった。 その後を追うようにジュリアンが入ってきて、申し訳なさそうな顔をした。
「えっ、実はエレインさん達には、別の重要な任務をお願いしたいのです」
前々回の戦略会議の時、ユウキは戦力増強案の3つ目を提案した。
「これは戦力増強の策であり、財政再建の策でもあります。 オーリンの森の南端にバレンという港町があります。 今は小さな港街ですが、そこを開発し貿易の街にいたします。 そこから川を使い、このセントフォレストとの物流を盛んにし商業、工業を発展させるのです。 バレンから木材や様々な物を他国に輸出して外貨を稼ぎます。 その時問題になるのが、舟の航行の安全です。 南の海は、現在12王が不在のため、レギオンの統制が取れておらず海賊が頻発しているという噂です」 ユウキはそこまで話すと、一同の顔を見渡した。
「それで、もし南の藍のレギオンに新王が立ったのであれば、同盟を持ちかけます。 他のレギオンであれば相手にされないかも知れませんが、新王が立ったばかりのレギオンであれば、話しに乗ってくると考えられます。 もしも新王がまだ立っていなければ・・・」
「我々が盗る、か・・・」 アンドレアスが言った。
「その通りです」とユウキ。
「えっ、そんなことできないんじゃ・・」と俺は言った。
「リーア、どうなんだい?」俺は尋ねた。
「ハーイ」 黒のビジネスウーマン風のスーツ姿で出てきた。
「王が二つの天聖球の所有者になることは可能なのかい?」
「うーん、不可能では無いわね」なにか歯切れが悪い。
「でもお勧めはしないわ。 だって、2つ持ったからって、王のレムが2倍になる訳ではないし、2つのレギオンを運営しなければならないとなると、王の精神的、肉体的負担は倍増することになるわ。 それならば、こちらのサムライを王にするか、新たに王になった者をサムライにするべきね。 もう良いかな、私も忙しいの、じゃあね」 そう言うと、戻っていった。
「なるほど、そうなると・・・」 皆の視線が一斉にセシウスに集まった。
「何だ、何故俺の顔を見る、言っておくが俺は断じて12王なんぞにならないぞ」とセシウス。
その後、とりあえず状況を確認するため、人を派遣することになったのだった。
俺は会議の詳細までは話さなかったが、藍のレギオンの現状を調べに行って欲しいことをエレインに説明した。
「屈強な男達が行くよりは、女性の方が警戒されにくいだろうし、ジュリアンさん、ホーリーさんと3人なら気心が知れているからやりやすいだろうと考えたのだけれど、どうしてもこっちに来たいのであれば、リースさんと交替するけど」
「お断りいたします」 エレインとジュリアンが同時に言った。
 




