6-6 救出(2)
板壁の同じような大きな倉庫が、幾つも並んでいた。 上の方に明り取りの窓があるが、中の様子は分からなかった。 その内の一つで慌ただしく動きがあった。 3台の荷馬車が止まって、盛んに荷物の積み込みが行われていた。
「グレン、聞こえるかい」 俺は念話で呼びかけた。 しかし返事は無かった。
(移動のために、薬で眠らされているのかもしれない)
ジュリアンと特別班が密かに裏に回った。 正面は俺とエレインとリースである。 更に守備隊30名が大きく取り囲んでいた。
「いくぞ」 俺は倉庫の入り口へ歩いて行った。 エレインとリースは慌ててついてきた。
「カケル様、私たちが先にいきますので、お下がりください」エレインが引き留めようとした。
入り口の側にいた男が、俺に気づいて剣を抜いて近づいてきた。
「何だ、てめえ」
「ドラゴンはどこだ」
「ああっ、そんなもん知らねえなぁ。 死にたくなかったらとっとと失せろ!」 男は剣を俺の顔に突きだしてきた。 俺はそのまま事もなげに進み、剣を直前でかわすと、男とすれ違いざまに右の裏拳を、男の右ほほに入れた。 男はそのまま5メートルほど吹き飛び、動かなくなった。
建物の中に入ると、異様な臭いがした。 かび臭い臭い、生き物の臭い、薬品の臭い、それらが混ざり合った不快な臭いだった。 闖入者に気づいた5人の男達が武器を手に駆けてきた。 通路の両脇に様々な箱や棚があり、横に逃れるスペースは無かった。
俺は、一人目の男の剣を握る右手の手首をとると、そのまま後ろに引きながらそのまま投げ飛ばした。 二人目は、斬りかかってくる男の腕を左腕で受け流しながら、右の掌底を男の顎に打ち込んだ。 男はそのまま後ろに吹き飛び、後ろからくる3番目の男を押しつぶした。
そして俺の両脇を、木箱を踏み台にして飛び上がったエレインとリースが、同時に4人目、5人目の胸に蹴りを入れた。 とほぼ同時に裏口の扉が壊され、ジュリアン達が入って来た。
隣の部屋から、剣や石弩を持った男達が、7人出てきてジュリアン達と鉢合わせになった。 だが、ジュリアンと守備隊の隊員達にあっという間に制圧された。 そして男達は守備隊に連行されて行った。
俺は素早く辺りを見回し、グレンを探した。 1辺が1.5メートルほどの鉄の檻が幾つも並んでいた。 そこには、鮮やか色の羽を持った見たこともない鳥や、頭から背中にかけて金色のたてがみを持つ犬のような魔獣の子など、珍しい生き物が入れられていた。 俺が側にいくと、せわしなく羽をばたつかせたり、牙をむいて威嚇したりするのだった。
(グレンはどこだ!) 俺は次々と檻を覗いていった。 そして少し嫌な気分になってきた。 (間違えたのか? ここじゃないのか)
通路の角を曲がった奥に、もう一つ檻が見えた。 白い布がかけられていたが、中で何かが動く気配がした。
「グレン?」 俺は声をかけながら、布をはぎ取った。 しかし、そこにグレンはいなかった。
檻の中にいたのは、紫色の髪の若い女性だった。 女性は檻の中で、膝を抱えるようにうずくまっていた。
「助けてください・・・・」 かすれるような声で言った。
俺は檻の扉に絡めた鉄の鎖を右手で握ると、念じた。 すると握った部分の鎖が赤くなり、更に明るく炉で熱せられたようになっていった。 俺はその鎖を引きちぎった。 扉を開けて、その女性に手を貸して檻から出してやると、ジュリアンを呼んだ。
「ジュリアンさん、この女性を保護してください」
「あなたは、エルム族の人ね」 ジュリアンは肩を貸しながら言った。
(グレンはどこへ行ったんだ? この作戦は失敗したのか)
「グレン、グレン・・・」念話で呼びかけてみたが、返事は無かった。
倉庫へ踏み込んだのとほぼ同時刻、レオンとホーリーは、街から北西約5キロの街道の土手の裏に潜んでいた。 何故こんな場所にいるのか。
ジュリアンが4人のサムライ達と王のスケジュールについて打ち合わせをしていた時に、グレンの誘拐の話が出た。 ジュリアンが状況を説明すると、ユウキは少し考えていたが、こう切り出した。
「バックアップ策を用意していた方が良いでしょう。 おそらく、倉庫に踏み込んだ時に、既にグレンは移動されている可能性が高い」
「何故ですか」
「王のドラゴンと知った上で決行していると言うことは、よほど自分達の計画に自身があると言うことです。 すぐに広範囲な捜索が繰り広げられるだろうことは想定しているはずです。 おそらくグレンだけを連れ出し、身軽にして速攻レギオンの外へ出ようしているでしょう。 とすれば、北西の街道しかないと考えます。 検問が設けられていることも想定しているでしょうから、検問の手前の間道に兵を置いて怪しい馬車が来たら止めてください」
ジュリアンはそれでホーリーとレオンをこちらに振り向け、万一に備えたのだった。 しかも守備隊から10名を借り受けていたのだ。
一台の幌をかけた馬車が街道を北西に駆けていた。 御者をしていた額に傷のある男が、隣の片目の男に言った。
「頭、残してきた獲物も惜しかったですね」
「あんな物、ドラゴンに比べたらオマケみたいなもんだ。 欲をかいたら逃げられねえ」
「だけど他の奴ら置いて来ちまいましたが、良かったんですかい」
「どうせあいつ等は臨時雇いだ。 どうなろうと構わねえ。 それに、ガサ入れされてもドラゴンさえいなければ、何とでも言い逃れできるさ。 おっと、その丘の先あたりに検問をやっているはずだ。 あの木の手前を左に入るんだ」
「来たぞ」 ホーリー達の前を通り過ぎた馬車は、すぐに左に曲がって行った。 その先にはレオンが待ち伏せているはずだ。
ホーリーと5名の隊員は、土手の草藪から飛び出し、馬車の後ろを追った。 馬車の前方では、レオン達が太い木の枝を道路に横たえ、道をふさいだ。
「荷をあらためる」レオンが荷馬車に近寄っていった。
「ちっ、ここまで来て諦められるか。 やっちまうぞ」 男は馬車の中に声をかけた。 中から3人の屈強な男が剣を手に降りてくると、後ろから迫ったホーリー達に向っていった。
ホーリーは腰から鞭をとると、“ヒュン、ヒュン”と風斬り音させながら変幻自在に操り、先頭の男の剣を叩き落とした。
レオンが2人の男に近づいて行くと、額に傷がある男が素早い動きで、粉状の目つぶしを投げつけてきた。 レオンはかろうじて左手で防いだが、飛び散った粉の一隊員部が目に入り涙が出てきた。 その機を見逃さず、片目の男が右手から火球をレオンに向けて打ち出した。
レオンは危険を察知し、横に転がると火球をかわした。 しかし後ろに続いていた隊員の一人に火球がかすり、衣服が燃えだした。 その隊員は地面を転がると、やがて火は消えた。
「フン、俺たちをそこらの盗賊の類いと一緒にするなよ。 俺たちは常に魔獣を相手にしているんだ。 レギオンの兵士なんぞにビビってたまるか」と片目。
レオンは腕で目を拭くと、握った右の拳を左の掌で包むようにして、指をならしながら言った。
「そうかい、だがなこっちは12王を相手にしているんだ」 そこまで言うと一気に距離を詰めると、傷の男の腹に右の拳を叩き込み、痛みに前屈みになった顔面に左の膝を入れた。 倒れ込む男に構わず、そのまま隣の男に飛び込んだ。 男は火球を打とうと右手を伸ばしていたが、レオンは右手でその腕をつかみ上げ、そのまま男の左脇腹に左の肘を入れた。 骨の折れる音が聞こえたが、そのまま右腕を背中の方にねじり上げ、男の後頭部に手刀を食らわせた。 片目の男も意識を失い、その場に崩れ落ちた。 そこまでたったの4秒だった。
「相手の格が違うんだよ」とレオン。
「相手にされていないけどね。 こっちも終わったよ」とホーリー。
「ホーリー、それは言わないでくれ」
「グレン、グレン、起きて」 ホーリーは荷馬車の中の檻の中で眠っていたグレンに呼びかけた。 “ピクッ”と動いたと思うと静かに体を起こした。 ホーリーはグレンを檻から出すと、優しく抱きしめた。 グレンは安心したのか、大きなあくびをした。




