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1-8 逃亡

 それから俺たちは、道を外れ川に向い、隠しておいた舟に乗って向こう岸を目指した。 川幅は約200メートルで、川の流れは緩やかなように思われた。 一番体の大きな黒覆面が竿を川底に刺して舟を進めていた。 すでに追手がかかっている可能性があるため、皆無言だった。 30分ほどで向こう岸に着くと浅瀬の部分から岸に降りた。 舟は発見されないよう陸に引き上げ茂みの中に隠した。 そこで一息つくと初めて3人は黒覆面を外した、いや正確には一人は頭のかぶりものだけ外した。 俺と上代は驚いた、3人とも女性であったからである。 月あかりでさえ若い女性であることが分かった。 今まで指揮を執っていた年長と思われる女性が声をかけてきた。


 「ジュリアンです。そしてこっちがホーリーでこっちはエレインです」

「そちらが、客人のかたですね、よろしくおねがいします」三人は上代の方へ向くと、両手を胸の前で指を組むようにしてお辞儀をした。 これがこちらの挨拶なのかもしれない。

「上代裕樹です。助けていただきありがとうございます」と状況がつかめず動揺しながらもお辞儀をした。

ジュリアンが俺の方に向いて同じように挨拶をし、声をかけた。

「あなたが、オマケの方ですね」微笑みながら語りかけてきた。

「九十九翔です。僕はオマケなのですか? ひどいなあ」


 「まだ安心出来る状況ではありませんので、詳しい説明は後ほどにして、今夜の内に出来るだけここから離れたいと考えています。 獣人族の部隊に遭遇しないようにまず北へ向います」言い終えると、舟に積んでおいた荷物を背負い歩き始めた。 他の二人も同様に荷物を背負い歩き始めたので、俺たちもその後について歩き出した。 クロームは一緒に歩くのは辛そうだったので、俺がまた襟をつかんで持ち上げると、手足をバタバタさせて、不満そうな顔をこちらに向けたが、文句を言わずに肩の上に乗った。 川の西側も東側と同様に、なだらかな起伏のある荒れ地で所々に岩が突き出ているところや低木の茂みがあり、足首ぐらいまでの短い草が大地にまだら模様に生えていた。


 俺たちは街道を避けて、後ろを気にしながら荒れ地を歩いた。

「あいつ等は、鼻が効く上に夜目が使える。 これでも十分とは言えないが、街道を通るよりはましです」とジュリアンは説明した。 その後3時間ほど10キロぐらい歩いたが、俺と上代は足場の悪いところを長時間あるいたことと、昼間の労働の疲労が出てきてまともに歩けなくなっていた。 ジュリアンは休息が必要と判断し、街道が見渡せる丘の上の林の茂みに入り、仮眠をとらせた。 俺たちは草の上に倒れ込むように横になると、すぐに眠りに落ちた。


 「ジュリ姉、獣人族の軍勢が来る」そばの木の枝に座って街道を見張っていたホーリーが、木を降りてきて、ジュリアンに伝えた。 その声で俺は目が覚めた。 起きると、陽は真上まで昇っていた。 俺は草むらから街道をのぞくと、我々が目指す北の方から獣人族の長い行列が見えた。 しばらくすると500メートルぐらい先の街道を通過し始め、 俺たちは通り過ぎるのを、息をひそめて待っていた。 総勢は300名ぐらいと思われた。 行軍の前半は武器を持った兵士で、後半に十台ほどの荷車が続き、その後ろを両手が縄で数珠つなぎに縛られた人たちが50人近く歩いていた。 その中には、女性や子どももおり、皆うつむいて足取り重く歩いていた。


 ちょうど我々がいる丘の前に来たときに、怪我をしているのか、歩き方が変な初老の男がつまずいて転んだのが見えた。 近くを歩いていた狸の獣人が近づき、早く起きるようにせき立てているようだったがなかなか立ち上がれないでいたら、業を煮やしたのか剣を抜くと男の腹に突き立てた。 それを見ていた俺は無性に怒りがこみ上げてきた。 捕まった時の所持品検査の時にも隠し通したお守り袋を握り締めながら、怒りを抑えていた。 そんな俺の表情を見ていたエレインが俺に言った。


 「おい、彼らをなんとかしたいとか思っているんじゃないだろうな。 思い上がるなよ、自分の面倒もみられないオマケのお前に何ができると言うんだ」

「しかし、こんなことが許されて良いはずがない。 奴らには正義はないのか」

「はあ? 正義、誰にとっての正義だ? 力の無い奴の語る正義など、寝言と一緒だ」

「それ、アンドレアス様の受け売り」とホーリーがツッコんだ。

「一度言ってみたかったんだ」とエレイン。

街道では男を刺した兵士が、死んだ男を縄から外し、死体を道の脇の草むらに蹴り転がすと、剣を振り上げ他の者たちに前進を促した。 俺は自分の無力さに嫌気がさした。


 軍勢が通りすぎ、上代もクロームも起きてきたので、ジュリアンが皆に声をかけた。

「食事にしよう」と言うと、背負ってきた革袋から、紙の包みを二つ取り出した。 包みの一つには、丸い硬いパンが入っていた。 もう一つには薄く切った塩味の干し肉があった。 それを昨夜途中の沢で汲んだ水で胃に流しこんだ。

 「今後の事ですが、用心のため暗くなるまでここに留まり、昨夜同様に夜に移動します。 うまくいけば今夜中に彼らの勢力圏から出られると思います」

「今度はあたしが見張りにつくね、ジュリ姉」と言うと、草むらに腹ばいになりすきまから、街道の方を監視しだした。 どうやら木登りは得意ではないらしい。


 「それじゃあ、まだ時間があるようなので、君たちにこれまでの事情を説明しておいた方が良いかな」クロームが俺たちの方を向いて話かけた。

「さて、何から話そうか」とこれまでの経緯を話し始めた。


 「それじゃ、俺たちはそのオークリーとか言う王だか領主だかの命令で、こちらの世界へ連れてこられたというのかい」俺はクロームに言った。

「オークリー様だ、無礼者」エレインはこちらに向きなおって言った。

「そのラーベンス王の目的は何ですか。私に何をさせようというのでしょうか」上代がたずねた。

「それは分からない。私にもおっしゃらなかった。ただ、これはとても重要なことであることは、私にも伝わってきた。ぜひ、ついてきて今回の依頼者であるラーベンス王に会って欲しい」

「もう一つ良いですか。なぜ僕なんですか」

「それは、君が大いなるレム使いになるかもしれないからだ」

「俺はどうなるんです」

「一緒に同行していただくようにとのことです」ジュリアンが言った。

「とって食ったりしないから大丈夫だぞ」とエレイン。 それを聞いてホーリーが、青い覆面の中でクスッと小さく笑ったように見えた。

(なぜこの人だけ、覆面をはずさないのだろう。 顔にやけどとか傷とかがあって人に見られたく無いのだろうか)


 俺と上代は、地理もなにも分からない現状では、とりあえずこの人たちについていくしかないだろうということになり、その申し出に同意した。

「そういえば、昨夜村の広場で指揮官に尋問されていたとき、挑発していたのはわざとですか?」ジュリアンが思い出したように上代にたずねた。

「ええ、今夜救出作戦が決行されると聞きましたので、陽動としてどこかで騒ぎを起こして、その隙に救出というシナリオだろうと思いました。 ただ、あの時はこのままだと何をしようと殺されると確信したので、これは決行を早めてもらうしかないと言う結論になったのです。 それで、絶対どこかで監視していると思いましたので、そのサインを送るためにやりました」

「やはりそうでしたか」


 陽が落ちると、我々は茂みから這い出し昨夜と同じように、街道は外して北に向って歩き出した。 先頭をホーリーが30メートルほど先行し、その後にジュリアン、上代、俺と続き最後にエレインが後ろを警戒しながら歩いた。 クロームは俺の肩の上だ。 俺が「今日も背負いましょうか」と見かねて声をかけると、クロームは驚いたように俺の顔を見上げたかと思うと、白い牙を見せながらニッコリ笑った。

「ウホン、君がそんなに言うなら、しょうがない」というと、身軽に飛び上がり、肩に一瞬のったかと思うと、俺の首の後ろに肩車をするように乗ってしまった。

「え」(この化け猫、最初からそのつもりだったな) その様子を見ていた上代は、腹をかかえて笑い出した。

「しょうがない。君は本来こちらへは来る予定ではなかった者だ。 ラーベンス王のご厚意により、おぬしも連れてくるようにとのことだ。 そのお気持ちに感謝するとともに、それに対して奉仕をせねばならぬのだ」 俺に対して言ったことばではあったが、どこか自分自身に言い訳するようでもあった。


 その夜、我々は一時間半歩いては、15分休憩を繰り返しながら、翌朝まで30キロ近く歩いた。 地形はなだらかな起伏を繰り返していたが、全体としては次第に登りになっていた。 ジュリアンの話では、獣人族の勢力圏は抜けたはずだとの事だった。 西の空が薄紫に変わり明るくなり始めた。 不思議なことにこの世界は西から陽が昇るのだ。 上代に言わせると、北と南の定義が逆なだけかもしれないと言っていたが。 すでに我々は街道を歩いており、でこぼこ道ではあったが歩みは格段に楽になった。 少しきつい坂の登りが終わったところで、急に前が開けて遠くまで見渡せるようになった。


 4、5キロ先に大きな都市が見えた。 周りを高い城壁に囲まれ、内部の都市にはびっしりと茶色や灰色の屋根が見えた。

「タイロン王国の都市バロンだ」ジュリアンが指さした。

「このへんで、休憩しよう」というと、道から少し外れた林の中で仮眠をとることにした。


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