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6-3 処分

 戦略会議の前、俺とユウキは法務・学術大臣のガウザー・ランスと、アドルとグルサンの処分について意見を聞いていた。

 でっぷりした体に、上下がつながったゆったりした濃紺の衣服、二重あごの丸い顔にハの字型の髭、はげた頭にまぶたが重そうな目をしていた。

「ガウザーさん、先の騒乱を起こした獣人の処分について、法的にはどうすべきとお考えでしょうか」 ユウキがたずねた。

 大臣は、そんなことも分からんのかと言いたげに、もったいぶって話し始めた。


「レギオンの法には、レーギアの北面を侵したる者は、反乱の意志ありとみなし、処罰すべしとあります。 今回、橙のレギオンの侵攻に呼応したことからも、重罪に処すべきです。 首謀者の獣人は斬首の上、さらし首。 グルサンは他の“逃れの民”の手前もありますので、この際滅ぼしてしまわれるのがよろしかろうと考えます」


「何だって、私はアドルと約束したのだ。 責任はあの者一人が負い、グルサンにはとがめ無しとすることを・・・」

「カケル様、如何に王といえど、勝手に法を曲げることは敵いません。 王が法を守らなければ、民は法を軽んじ犯す者が後を絶たなくなるでしょう。 それに新王が、反意を示したグルサンを咎めなしとすれば、『新王は弱腰だ』と軽んじられてしまうでしょう。 王様、これは王とレギオンのためなのです」 ガウザーは、これ以外の方法はあり得ないと言わんがばかりに、強く言い切った。


「大臣、王のお考えは違います。 今回グルサンは橙のレギオンの間者にだまされたのです。 カケル様はグルサンの人々を赦し、逆にこれからの戦争に対して協力してもらおうとお考えなのです。 それにもし、大臣のおっしゃるような処分を行なった場合、悲惨な結果をもたらすでしょう」

「何ですと」

「王はグルサンの人々に、罪に問わないと約束しました。 それを破れば、新王は約束を守らない王だと噂されるでしょう。 次に、グルサンを攻め滅ぼしてしまったら、新王は残虐な王だと噂されるでしょう。 そして森に住む他の種族の人々も、次は我が身と考えるようになるでしょう。 かえって反意の種をまくことになってしまいます。 これは今後のレギオンの存続のための政治的な判断です」とユウキ。

「レギオン存続のためには、何より法を守らせねばなりません。 あのような者たち、反意を抱くような者がいるならば、滅ぼしてしまえば良いのです。 これ以上は議論無用でしょう。 あなたもサムライなのですから、もっと法を勉強なさることですな」 話は終わりとばかりに、立ち上がろうとした。


「その言葉、そっくりお返ししますよ、大臣。 レギオンの法の第252条に何と書かれております?」 ユウキは睨みつけるようにガウザーの顔を凝視した。 大臣は“ハッ”としたように大きく目を開けた。

「お忘れのようですから、私が言って差し上げましょう。 第252条 レギオンの法は、王の目的、意志の円滑な達成を助するものである。 従って、王がこれらの条文に反する決定をした場合、王の決定が優先される」

「なぜお前がそれを知っている」

「私もレギオンのサムライですから、レギオンの法ぐらい読んでいますよ。 全てそらんじてご覧にいれましょうか」

「それは伝家の宝刀だ、やたらに抜いて良いものではないぞ」

「ならば、私の思うようにさせてもらうぞ」俺は苦々しい顔をした大臣に告げた。


 その日の午後、玉座に座った俺の前に、二人の人物が跪いていた。 段下の両側には、4人のサムライと4人の大臣が並んでいた。 赤い絨毯に跪いているのは、7日前俺と戦った獣人のアドル、もう一人はその父親でありグルサンの族長ゾーリンである。 今日は二人に処分を言い渡す日である。 ゾーリンは事態を重く見て、騒乱の翌日には慌てて駆けつけていた。 俺に赦しを請うため謁見を求めていたのだが、ユウキに会うのを止められていたのだ。


「良いか、まだ会ってはダメだ。 詳細を調査中だとか、前王の葬儀が終わるまでは時間が取れないとか言って引き延ばすんだ」

「何故?」

「これは駆け引きだ。 こちらの条件を飲ますためのな」

 それとアドルの体が回復するのを待っていたことも理由の一つであった。


「グルサンの族長ゾーリン、今回のレーギアを取り囲んで騒乱を起こしたことに対して、カケル王に対して、何か申し開きすることはあるか」 この場を取り仕切っているのはユウキだ。 午前中の会議で、こちらの思惑を進めるには、ユウキが取り仕切った方が良いだろうということになったのだ。

「今回の件につきましては、ご迷惑をおかけいたしましたこと、誠に申し訳ございませんでした。 しかしながら、グルサンにはもちろん反意はございません。 一部のデマに惑わされた若者の早とちりでございます。 何卒、この老体の首をもって、寛容なご処分をお願い申し上げます」

「王様、王様は私一人の責任と言うことで、グルサンにはお咎めなしにすると約束してくださいました。 どうか私を斬首でも縛り首でもしてください」 隣に控えていたアドルは、すかさず言った。

「今回の件については、橙のレギオンの間者による扇動によるものであることは明白である。 王は約束どおり、グルサンには咎め無しで良いと申されておる」

「おおーっ、有り難き幸せ。 感謝いたします」 二人は同時に言葉を発した。


 ユウキは少し間を置いてから、わざと威厳が出るような口調で話し始めた。

「しかしながら、問題は今後のことである。 カケル王は、今回は大事には至らなかったが、同様のことが今後起こるかも知れないと危惧されておられます」

「そのようなことは、決してございません」 ゾーリンがきっぱりと言った。

「なぜ言い切れる。 これから橙だけではなく他のレギオンとの戦争も予想されている。 他のレギオンからの攻撃が、直接のレーギアやレギオンへの攻撃ではなく、オーリンの森への攻撃であったり、セントフォレスト周辺への攻撃であったらどうするのだ?」 アンドレアスが発言した。

「そ、それは・・・・」

「『グルサンは緑のレギオンとは関係ありません。 どうぞお通りください』と簡単に敵を通してしまうのではないか?」とアンドレアス。

「これからは、態度の曖昧な隣人は要らない、これがレギオンの答えだ」

「我らにどうしろと、おっしゃるのですか・・・・」 ゾーリンの顔が青ざめてきた。


「選択肢は2つ、レギオンの傘下に入る。 もしくはオーリンの森から出ていく」

「それはあまりにも・・・」

「ひどすぎると言われるのかな、ゾーリン殿。 マブル族は初代ゴードン王の時に戦禍から逃れ、グルサンに村をつくり住むことを許された。 それから約1千年、グルサンは直接的、間接的に歴代の王からの庇護を受け繁栄してきた。 レギオンに全然借りは無いとは言わせませんぞ」 グレアムは穏やかだが力強く言った。


「これから12王の熾烈な戦いが始まります。 周りに住む者たちは、好むと好まざるとに関わらず巻き込まれ、傍観者でいられないのです。 レギオンの傘下に入ると言っても、グルサンの自治には口を出しませんし、納税の義務も課しません。 一旦有事の際に、兵を出して共に敵に当たって欲しいのです。 ただしその際には、兵力を効果的に運用するために、一時的に兵権を王に委ねて欲しいことと、その戦費について負担して欲しいと言うことです」 ユウキが説明した。


 ゾーリンはあごの下の髭をなでながら考えていた。 アドルは思いもかけない話にどうして良いか分からない様子であった。 俺は玉座から立ち上がると、静かに段下に降りて2人のもとへ歩いて行った。 2人の前で片膝をついて同じ目線になるとゾーリンに向って言った。

「レギオンの兵は精兵です。 しかし広範囲な森やグルサンのような周辺都市を狙われた場合、もう十分に守ってやることは不可能でしょう。 森やそこに住む人々を戦禍から守るには、皆の協力が不可欠です。 どうか力を貸してください」 そして今度はアドルに向って言った。

「アドル殿、あなたは勇敢な戦士だ。 あなたには是非、私のサムライになってほしい」 それを聞いてその場の一同が驚いた。

「いけません! 罪人をしかもそのような下等な獣人族をサムライになさるなど、絶対にいけません」 叫んだのは大臣のガウザーだった。


「だまれ!」 アドル達を蔑むような物言いに、俺はカッとなり思わず怒鳴ってしまった。

「お前達にこのアドルの何が分かる。 彼は類い希なる強さを持ち、且つ今回の騒乱の責任を取り死のうとしたのだ。 私はこのような者を、このまま死なせるのは惜しい。 お前達がそうやって、マブル族を偏見の目で見るから、今回のようなデマが簡単に広がるのだろう。 下がれ!」 ガウザーは、俺の思いもかけない激昂に、青ざめた顔に歯を“ガチガチ”鳴らしながら震えていた。


 俺はアドルに向き合うと、頭を下げた。

「すまない、無礼なことをしてしまった。 あなた達がレギオンに対し、いや人族に対して不信な気持ちがあるのには、理由があるのでしょう。 しかしながらいつまでもお互いにそのような気持ちを持つことは、お互いにとって不幸でしかない。 私はそんな関係を改善していきたい。 もう一度言います、私のサムライになってください。 そして私の側で、私が何を考え何をしようとしているのか見ていてください。 もし、私がマブル族を裏切るようなことした時には、あなた自身で私を討ってください」


「うおーっ」 アドルは両手を赤い絨毯について、咆哮と間違えるような大声で号泣し出した。 そしてそれが収まってくると、俺に言った。

「私のような者を、そこまで評価していただいて、ありがとうございます。 王様のお気持ち、良く分かりました。 王様との戦いで捨てた命、微力ではありますが、拾って頂いた王様のために使いたいと思います」

「では受けてくれるのだな」 俺は思わずアドルの手を取った。


 それを見ていたゾーリンは、意を決したように話し始めた。

「カケル様、我がグルサンとその周辺の村々は、レギオンの申し入れを、お受けいたします。 しかしこれだけは覚えておいていただきたい。 我々はレギオンに従うのではありません。 カケル様に従うのです。 従って王の代替わりがなされた後も、我々が従うとはお考えにならないでください。 私が族長の間は、カケル様の命にはどのようなことでも従うことを確約いたします」


 謁見が終了し、ユウキが謁見の間を出ようとすると、アンドレアスが話しかけて来た。

「ユウキ、お前はここまで読み切っていたのか?」

「まさか、最後交渉が膠着した時に、カケル様が直接話しかけ、事態が好転するだろうということは予想していました。 なので、前半は私が話しをするようにしていたのです。 しかしアドルをサムライにするということまでは、予想していませんでした。 アイツはいつも私の予想の上をいきます」

「そうか。 ユウキよ、心しておけ。 今回の件は両刃の剣だ。 レギオンは新たな問題を抱えたと言っても良いだろう」

「アドルに対する風当たりですか」

「そうだ、種族感の軋轢は根が深い。 今回の件を快く思っていない者は少なくないだろう」

「わかりました」


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