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5-19 負けられない戦い

 「カケル様、あのアドルという男、死ぬつもりですよ。 自分一人の命で、この場を収めようとしているのです」 ユウキが近づいて来て小声で言った。

「できれば誰も死なせたくない」と俺が言うと、ユウキは真剣な面持ちになり、タメ口で言った。

「良いか、あの男を死なせてはダメだ。 後々のことを考えるとできれば大きな怪我もさせたくない、格の違いを見せつけて、向こうに負けを認めさせるんだ」

「簡単に言うなよ。 あの男は強いぞ、あの動きを見ただろう。 おそらくアンドレアスさんクラスだぞ」

「お前はアンドレアスさんに勝っているだろう。 無理だろうと何だろうと、やるんだ。 お前ならきっとやれるさ」


 レーギアの北の空き地に、人々の大きな輪ができていた。 東側にユウキとジュリアン達、そして100名の兵、他の3方にグルサンから来た約1500名の獣人達だった。 その真ん中に、俺とアドルの2人だけだった。

 「武器はどうしました?」 俺がアドルに聞いた。

「使い慣れた武器は置いてきたので、ヘタに他の使うよりは無手で良いです。 王様こそ遠慮せずに使ってください」

「私は剣がまだうまく使いこなせなくて、私もこれで結構です」と両手を広げてみせた。


 「それでは、やりますか」

「いきますよ、王様」と言うやいなや、アドルの姿が消えた。 次の瞬間、俺は腹に強烈なパンチを食らい、後ろで見守っていた兵達の中まで飛ばされた。 俺はもちろんレムで体の防御を強化していたが、それでも受けた衝撃と痛みは尋常では無かった。 俺は兵達に扶け起こされながら、立ち上がった。 油断していたつもりはない、やはりただ者ではない。

「嘘だろう!」 レオンが驚愕の顔をして言った。 レオンやリースは自身で俺と組み手をやっているので、このような展開は信じられなかったようだ。 獣人達の方には歓声が上がり、盛り上がっていた。

 俺は腹をさすりながら、アドルの方へ歩いて行った。

(さて、どうするか。 やはりこの男に負けを認めさせるのは容易じゃないぞ)

 俺は両手を前に、動きやすいようにかかとを浮かせて構えた。 構えたと同時にアドルが飛び込んで来た。 右からの左フックは何とかかわせたが、続けてきた右のボディブローはかわしきれなかった。 今度は腕でガードしていたので、直撃は逃れることができたが、そのまま後ろに大分飛ばされた。 今度は倒れることは無かったが、ブロックした腕がしびれていた。

(動きを目で追っていてはだめだ。 感覚を研ぎ澄ませ。 レオンやリースとやった時のことを思い出せ) 俺は一つ深呼吸すると、両手をさげ力を抜いた。 そのまま無造作にアドルへ向って歩いた。 アドルは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、その後右のストレートを打ち込んできた。 次の瞬間、吹き飛んだのはアドルの方だった。 アドルの攻撃に対して、俺は考えずに、感覚にまかせ右の拳を突き出した。 アドルの拳を避けながら、俺の拳はカウンターで入ったため、威力は倍増した。

 レギオン側からも、獣人達からも「オオーッ」という声が上がった。 アドルは起き上がりながら、笑った。


 その後の戦いは一変した。 アドルの攻撃は一発も当たらなくなり、全てカウンターで返されたため、アドルが一方的にボロボロになっていった。

「カケル様はやっぱり凄い。 最初はどうなるかと思ったけれど」 レオンが言った。

「あんな無造作に手を出しているように見えるけれど、最小の動きで攻撃をかわして、同時に攻撃を入れている。 あんなの少しでもタイミングがずれたら、モロに食らってしまうぞ。 あの速さの攻撃に躊躇無く踏み込んでいけるなんて、俺なら怖くて小便ちびってしまうぞ」とリースが言った。


(やっぱり、強えや、俺が今まで戦った誰よりも強い) アドルは思った。

(だが、これでは俺は死ねない。 王様はまだ本気を出していない。 これでは武術の師匠が弟子に稽古をつけているようなものだ。 俺は今回の一切の責任者として、王様に成敗されなければいけないのだ)


 「王様、どうやらオレが弱すぎて本気を出す気になれないようで、すみません。 オレが本気を出しますので、王様も殺す気でお願いします」 そう言うとアドルは、着ていた服を破り捨てた。 すると体中の筋肉が隆起しだし、体が変化しだした。 いままでは、虎の耳もしっぽもあるが、ほぼ人型の体格の良い半獣人という姿だったが、今では完全に獣化して白虎の姿になった。

 「ガオゥ」 大きく咆哮すると、オレを赤い目で睨み付けた。 その瞬間、俺の頭に軽い衝撃が走った。 そしてアドルは俺に飛びかかって来た。 俺は体をさばいて避けようとしたが、体が動かなかった。 アドルの鋭い爪が俺の顔面を襲った。

(ヤバイ、殺される!)そう想った瞬間、俺の体の周りの空気が爆発した。 その爆風でアドルの体が吹き飛ばされた。 おそらく爆発したと言うよりも、反射的に遠ざけたいという意識が、瞬間的にレムを放出してあのような現象を作り出したのだと思う。


 「何、今のカケル様がやったの?」 エレインが言った。

(俺がやったのか、さっきのは危なかった。 アドルはレムを使って俺の動きを一瞬止めてきた)

 アドルは起き上がると、飛びかかろうとするかのように低く構えた。 前足には細かな放電の光が、絡みつくように光っていた。 俺はアドルの赤い目を見ないようにした。 その瞬間、アドルが飛び出し鋭い爪が再び襲いかかって来た。 最小限の動きでかわしたつもりだったが、その瞬間に電撃が襲って来た。 僅かに毛がかすっただけでも電撃が襲って来るということらしい。 アドルは、連続攻撃で俺に反撃の隙を与えなかった。 さすがに連続の電撃で、体がしびれ動きが鈍ってきた。


 アドルは少し距離を取ると、レムを溜めているような様子だった。

(何かデカイやつをやるつもりだ) そう思った時、急に空が暗くなった。 アドルは、赤い目を更に輝かせ大きく咆哮したかと思うと、轟音とともに俺の体に落雷があった。 俺は頭を保護しようと拳を握った両手を頭上でクロスするようにした。 その衝撃は凄まじかった。 電流は俺のからだの表面を伝わり、地面に抜けていったが、その衝撃で地面の土が大きく放射状に飛び散った。 俺の体はレムで保護されていたが、それでもあちこちに火傷ができていた。

「今のって、アンドレアス様とやった時、カケル様が使ったやつだろう? さすがにヤバイんじゃないか」 リースが言った。

「気にいらんな、カケル様があんなので負ける訳がない」 レオンが言った。

 俺は意識が朦朧としてきて、立っているのも容易ではなくなっていた。 霞んでくる目の前で、赤い2つの光がゆれていた。

(まずい、俺は負けるのか。 ここで負けてしまったらどうなるのだ。 全て水の泡だ。 負けられない) 倒れそうになるのを、脚を踏ん張ってこらえた。


 「ウオーッ」と俺は叫ぶと、両拳に意識を集中した。 拳が光を発し始めた。 俺は赤い目をめがけ飛び出した。 瞬時に距離を詰めると、虎に攻撃の間を与えずに顔面に一発、胸に一発拳を叩き込んだ。 アドルは苦悶の声を上げてよろめいた。 俺はアドルの体を抱えると、そのまま空中に飛び上がった。 50メートルほどの高さで反転すると、そのまま地面めがけて落下した。 大きな衝撃とともにアドルの頭は地面に突き刺さっていた。


 回りから、悲鳴と歓声と怒号が湧き起こった。 俺はよろめきながら立ち上がると、ジュリアンとユウキが駆け寄ってきた。

「ジュリアンさん、回復薬はありますか」 俺はジュリアンに言った。

「はい、ここにございます」 ジュリアンは、持っていたバッグの中から小瓶を取りだした。 俺はそれを受け取ると、倒れているアドルの側にしゃがみ込んだ。 アドルは完全獣化が解けて、元の半獣人に戻っていた。 アドルの頭を抱え起こして、回復薬を飲み込ませた。

「やり過ぎなんだよ。 死んでしまったのじゃないか?」ユウキが言った。

「簡単に言うなよ。 こっちもヤバかったんだから」


 俺はグレアムに念話で状況を簡潔に説明すると、側にいたリースに向って言った。

「リースさん、他の人と一緒にこのアドルという人を、グレアムさんの所へ運んでください」

「ユウキ、後は任せた」そう言うとその場に座り込んだ。

 ユウキは、ブツブツ言いながらも、騒然となっている獣人達のところへ行くと、解散してグルサンに帰るように諭した。 納得しない者もいたが、「アドルが命を賭けて皆に罪が及ばないようにしたことを、無にするな」と言ったことでようやく治まった。 獣人達は解散していった。 ただし、ブレルとガリルは事情聴取のために身柄を拘束された。 しかしブレルはその夜、ガリルを殺害し脱獄したのだった。


 夜になって、一段落したところで、俺はアンドレアスに念話を試みた。

「アンドレアスさん、聞こえますか。 翔です」

「はい、聞こえます。 どのような状況でしょうか」

「何とか、収まりました。 グルサンの獣人たちの誤解を解いて解散させました。 やはり橙のレギオンの間者による扇動のようです。 容疑者は逮捕しています。 ユウキによれば、おそらく明日中には敵の陣営にもこの情報が伝わるだろうから、敵軍は撤退するだろうとのことです。 ですので、それまではできるだけ無駄な争いは避けてください」

「承知いたしました。 それを聞いてこちらも安堵しております」 アンドレアスの声も少し明るく聞こえた。


 翌日の夜、俺はレーギアの居室のバルコニーから、街の様子を眺めていた。 街のあちこちにともる灯りの中に人々の歓声があちこちで聞こえた。 少し前、アンドレアスからの報告で、敵軍が密かに撤退を開始したとの報告があったのだ。 その朗報はすぐ街中に伝えられ、街全体が戦勝に湧き上がっていたのだ。

 こうして、“第一次バール平原の戦い”は我々の勝利で終えることができた。


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