5-18 橙の間者
アドルがブレルにあったのは、7日前だった。 セントフォレストに住んでいるガリルの従兄弟ということで紹介された。 ブレルは、俺や親父に「グルサンに危機が迫っている」と煽ったが、親父は相手にしなかった。 だがブレルは諦めず、ガリルやその仲間を言いくるめ、俺をけしかけてきたのだ。 若い者達が騒ぎ出し、俺はこのままでは、不穏なことになりかねないと思い、一人で確かめに行って来ることにしたのだ。 だがブレルとガリルは、「一人で行っても相手にされない」とか「族長の後継者が恥をかくようなことになれば、影響力低下は否めない」だの言いだし、勝手に人を集め出したのだった。 ガリルは俺や親父の名前を使って、仲間やその知り合いまで使って、グルサンだけではなく近隣の村の若い者まで声をかけ、3日間で1500人も集めたのだった。 アドルは不愉快だった。 どんどん自分の望まない方向へ進んで行くことへの不満と、自分の心にどんどん膨らむ違和感にだ。 アドルは、怒りを隠さずブレルとガリルに言った。
「これでは、反乱ととられかねない。 ついてくるのは勝手だが、武器は持つな」
「何も心配はいらない。 段取りは俺たちに任せておけ」
アドルは無性に腹が立った。 仲間達を説き伏せようとすればするほど、うまく言葉で伝えることができず、逆にブレル達に言いくるめられている自分に腹がたったのだった。 アドルは一人先に出発した。
2日目の夕方、セントフォレストの南5キロの森を抜けたところが集合場所だった。 他の仲間はまとまらずに、数人ずつ様々なルートを利用して移動してきた。
「まとまって移動すると、レギオンの連中に見つかって、途中で妨害策をとられる恐れがある」 それがブレルの言い分だった。 彼らは武器を携行していた。 そのことをアドルがなじると、「途中、魔獣が出るかも知れないし、レギオンの守備隊が武力で制圧しようとするかもしれない。 護身のために武器は必要だ」と主張した。 この頃にはある疑念が、アドルの頭を離れなかった。
(俺はだまされているのではないか? 利用されているのではないか?)
翌朝、セントフォレストに進んだときにも、アドルは仲間達を郊外に待たせ自分一人で行くと主張した。 しかし、ブレル達にそそのかされた一同は納得しなかった。 早朝にセントフォレストの北側に進むと、北側から直接レーギアを包囲してしまったのだった。 アドルは焦った。
(これはまずい。 お前達はこの意味を分かっているのか)
セントフォレストは普通の城塞都市と少し違っていた。 通常は都市の回りを高い城壁が囲み、王城はその深奥に更に掘や城壁に守られている。 しかし、このセントフォレストは、東、南、西の三方は城壁に守られていたが、北側だけは城壁が無いのだ。 それは、北側にはレーギアがあるからだ。 北側には門さえも無かったが、そこを通ることができるのは、レーギアの者か軍だけである。 許可無くそこを通ろうとする者は、王に対する挑戦者と見なされ、問答無用で殺されても文句が言えないのであった。 つまり北側は王都守備上の弱点ではなく、敵をそこに集めて殲滅するための罠の口なのである。 そのことはセントフォレストに住む者には常識であり、グルサンにも知れ渡っていることである。 それを、1500人でレーギアを囲んでいるのである。 もう反乱ととらえられて、攻撃されてもおかしくなかった。
レーギアは攻撃してこなかった。 アドル達が近づくとレーギアは結界を張り、何者も寄せ付けなかった。
「やめるんだ、攻撃されるぞ」 アドルが仲間達に叫んだ。
「何を言っているのです。 今が好機なんですよ。 レギオンとすれば、我々が現れたことは寝耳に水で、我々の目的を理解できないでしょう。 ですから状況を把握するために接触してくるはずです。 状況が把握できないうちは攻撃してこないと思いますよ。 レーギアを包囲してしまえば、かえって攻撃しづらくなるでしょう」 ブレルは、慌てることもなく言った。
(なぜ、こうなってしまった。 とんでもないことになってしまうのではないか) アドルはそう思いながらも、ブレル達に反論できなかった。 だが、今、ブレルが新王だと名のる青年から天聖球を奪ったの見て、これが本当の目的だと悟ったのだった。
ブレルは天聖球を持ち上げて、俺やユウキに向って言った。
「近づくんじゃねえぞ。 近づいたら、地面にたたきつけて壊してしまうぞ」
「やめなさい。 あなたの策は失敗しました。 あなたは橙のレギオンの指示で、戦闘が始まったタイミングで、このセントフォレストで争乱を起こすように命令されたのでしょう。 ですが、戦闘は我々の勝利です。 ゴラム将軍の軍は本日大敗し、将軍自身も瀕死の重傷です。 彼らはここに攻め込むことはできませんよ。 それにいくら王が天聖球の持ち主だとしても、安易に持ち歩くと思っているのですか」 ユウキがこともなく言った。
「嘘だ、俺をだまそうとしているのだろう。 緑のレギオンの3倍以上の兵がいるのに橙のレギオンが負けるはずがねえ。 第一、今日の戦いの結果をなぜそんなに早く知っているんだ」
「我々がその場にいたからだ。 その後、こちらに異変があると言うことで、いわゆる“縮地門”でこちらに移動してきたのだ」 俺は説明した。 ブレルは、呆然としていたが、手に持った球を見つめた。
「じゃあ、これも偽物だと言うのか」
「その通りだ。 この件の報告を聞いたとき、狙いは第一には天聖球の奪取もしくは破壊だと推測できた。 もしそれが不可能であれば、争乱を起こしてレギオンの兵を撤退させることだろうと」 ユウキは言った。
その時、アドルの姿が消えた。 いや、正確には消えたように見えるほど素早い動きだった。 一瞬でブレルの隣まで移動すると、手にしていた球を奪いとり、同時にブレルの顔面に鉄拳がめり込んでいた。 ブレルはあまりの速さに何もできず、何が起こったのかも理解できなかったかも知れない。 ブレルはそのまま後ろに吹っ飛び、頭から地面に落ちてそのまま動かなくなった。 アドルは球を持って俺の前まで来ると球を差し出しながら言った。
「王様、一つ頼みがあります」
「何ですか」 俺は球を受け取りながら聞いた。
「我々がレーギアの北側から入り込みましたこと、大変申し訳なく思っています。 ただ我々に反意はなく、これはうっかり入り込んでしまったのです。 しかしそのような言い訳が通じるとは思っておりません。 これらのリーダーは私でその責任の一切は私にあります。 そこで、王に対する挑戦者は私一人と言うことにして欲しいのです」
「どういうことです?」
「レーギアの北を侵す者は、王自ら成敗すると言われています。 つまり、王様と戦うのは私一人にして欲しいのです。 そして結果どのようなことになろうと、他の者たちと、グルサンにはおとがめ無しにして欲しいのです。 虫の良い願いであることは十分分かっています。 ですが何卒お願いします」 アドルは両膝を地面に着け、深々と頭を下げた。 俺はユウキの顔を見た。 ユウキが頷いた。
「承知した」
「ありがとうございます。 それでは少しお待ちいただけますか。 彼らに事情を説明してすぐに包囲を解かせますので・・」 そう言うとレーギアの前でこちらの様子をうかがっている者たちのほうへ、歩いて行った。 ガリルや他の者は、ブレルの所に駆け寄った。 死んではいなかったが、あごの骨が折れていた。




