5-17 交渉
セントフォレストの旧市街にある闘技場、そのど真ん中の空間に丸い大きな門が開き、中から俺をはじめ、ユウキ、ジュリアン以下の警護班、100名の兵とグレンが出てきた。 この場所にしたのは、俺が一度実際に行っている場所で、しっかりイメージできる場所でなければいけないことと、急に獣人達の前に現れて、余計な刺激をしない方が良いだろうという判断からだった。 少し離れた場所に3名の男が立っていた。 俺たちを見つけると駆け寄って一礼した。
「守備部隊の部隊長、スペンスです。 グレアム様から伺っております」 あごと鼻の下に髭を生やした中年の大柄な男だった。 軍議の後、ユウキと打ち合わせたことを、グレアムに伝えたのだった。 グレアムは、闘技場に馬車を用意させると言っていた。
「状況はどうですか?」 俺はスペンスに聞いた。
「大きな変化はございません。 奴らはレーギアを囲み、何とか結界を突破して中に入ろうとしています」
「彼らはなんと主張しているのですか?」 ユウキが言った。
「それが、一貫していないのです。 『王に会わせろ』と言ったかと思うと、『とにかく中に入れろ』とか、『新王は約束を破った』とか『俺たちは許さない』とか」
「なるほど」とユウキ。
「とにかく、会って話を聞きましょう」
スペンスの用意した馬車で、一同はレーギアへ向った。 兵達は、兵員輸送用の幌付きの馬車に20人ずつ分乗した。 レオン達、警護班は、馬車の前後に馬で警護に付いた。
我々の一行はセントフォレストの東の城門から出て、北側に回り込みレーギアの北側から近づいた。 市街地側から接触してもめた時に、争乱の被害が街や住民に及ぶことを避けるためだった。 北側の草原からレーギアの方を見ると、通常なら白いキノコ型の建物が見えるはずだが、赤いもやのドームのようなものに覆われ、霞んで見えた。 確かにその回りに獣人の人々が囲んでいた。 手にてに剣や棒を持って赤い靄に向って突いたり叩いたりしているようだが、突き抜くことはできないようだった。
獣人の集団の200メートルほど手前で一行は止まった。 兵達は馬車から降りると武器を手に横に隊列を組んだ。 俺とユウキは集団の方へ向って歩き出した。 100名の兵達には、何があっても命令があるまで動かないように伝えた。 ジュリアン達は一緒に来ようとしたが、それも制した。 ジュリアンは猛反対し、エレインは不満そうな顔をしたが、ユウキに相手を刺激しないためにはその方が良いと諭され、渋々承知した。 俺とユウキはナイフさえも持たずに、手ぶらで近づいていった。
向こうでもこちらに気づいて、何人かがこちらを指さして何かを言っていた。 そして向こうからも、5人が歩いてきた。 真ん中の大柄な虎の半獣人は何も持っていなかったが、両脇を歩いて来る2人の狼と猿と狐の獣人は剣を持っていた。
「あんたら何者だ!」 黒の狼が言った。
「あんた方が会いたがっていた者だ」 俺は言った。
「えっ、と言うことは、あんたが新しい王様かい?」 虎の獣人が言った。
「その通り、この方が新しいレギオンの王、カケル様だ。 そして私は、このお方のサムライだ」 ユウキが言った。 獣人達は驚いていた、一人を除いては。 灰色の狼の獣人は、一瞬渋い顔をした。
「何か嘘くせえなあ。 王様がこんな簡単に出てくるなんておかしいだろ。 それに王様は今、別のレギオンとの戦争で出かけているはずじゃなかったか? なぜここにいる」 灰色狼が言った。
「あれ、お前そんなこと言っていなかったじゃないか。 いつ聞いたんだ?」 虎が言った。
「えっ、あっ、それはここへ来る途中で聞いたのです」
「とにかく、私に言いたいことがあってここに来たのでしょう? 何があったのですか?」 カケルは虎の獣人に言った。
「私はここから南西にあるグルサンに住む、マブルのアドルという者です。 新しい王様が立ったというのは聞いたのですが、その王様が他の12王と組んで、人族以外の種族を滅ぼすと言っていると聞いたのです。 しかもマブル族が手始めで、グルサンが最初に狙われるだろうと。 それで、俺たちは王様に直訴しにきたのです」
「誰がそんな嘘を。 そんなことは言ったことはないぞ」 俺は言った。
「嘘をつけ、都合が悪くなったから、そんなことを言っているのだろう。 それが証拠に今、橙のレギオンと戦争しているじゃないか」 灰色の狼が言うと、他の獣人達も「そうだ、そうだ」と同調した。
「確かに橙のレギオンとは戦争の状態にある。 しかし、それは向こうから攻められているから、やむを得ずにだ」
「橙のレギオンと戦争になったのも、向こうの王様がこちらの王様の暴挙を止め、同じマブル族のグルサンの人々を守るため、軍を起こしてくれたと聞きました」 虎の獣人が言った。
「それはどこで、誰から聞いたのですか?」 ずっと黙って観察していたユウキが言った。
「それは、このブレルからです」 虎は灰色の狼の獣人を指さした。
「ブレルさんはどこでその話しを聞いたのですか?」 ユウキは狼の獣人に向って聞いた。
「そ、それは、このセントフォレストの酒場で、話していた奴らから聞いたんだよ」
「何だよ、俺のいとこが嘘を言っているとでも言いたいのか。 そっちが歴代の王の約束を破ってきたくせに」 黒い狼が言った。
「ではなぜ、これだけの人を集めて来たのですか? しかも武器を持って」 ユウキが聞いた。
「最初は、族長である親父と2人で来ようとしたのですが、親父はそんなのはデマだから取り合うなと言ったのです。 でももし事実だったとしたら、取り返しのつかないことになると思い、親父の反対を押し切って来たのです。 そしたら、このブレルとガリルが若い奴らに声をかけて集めてしまったのです」
「一人で行ったって、相手にされず門前払いにされるのがオチだ。 大勢で行けば無視はできないだろうと思ったからだ。 武器を持ってきたのは、自分達の身を守るためだ。 力で制圧しようとするかも知れないからな」 ブレルと呼ばれた灰色狼が言った。
「ところで、ブレルさん、あなたは先ほどの話しをいつ聞かれたのですか?」 ユウキは穏やかに聞いた。
「それは、10日ほど前だったと思う」 少し口ごもりながら答えた。
「それはおかしいですねえ。 このカケル様が新王になられたのは、ほんの7日前なのですよ」
「えっ、たぶん前の王様が言ったことだと思う、俺も酒場での又聞きだから少し話が変わっていたのかもしれないし・・・」
「とにかく、そんな話はデマだ。 私はそんな話をしたことは一度もないし、考えたことも無い。 そんな心配は無用だから解散してください」
「そんな言葉信じられるか! 第一、あんたが王様だって言うこと自体が本当かどうか分からないじゃないか」 灰色狼が言うと、黒い狼たちが同調した。
「では、どうしたら信じてもらえるのですか」
「し、証拠を見せろ、王様だという証拠を・・」
俺は困った顔になりながらも、思い出したように、懐から丸い大きな球を取りだした。
「これではどうです? これは天聖球と言って、12王だけが持っているものです」 俺はそう言って、手のひらの上にのった緑の光がうごめく球を見せた。 灰色狼の目が驚いたように見開かれた。
「えっ、良く見えないな。 初めて見るし、本物かどうか分からない」
「そうですか、ではもっと近くで、よく見てください」 そう言いながら手を突き出した。 灰色狼が目を凝らしながら近づいて来た。 そしてそれは一瞬の間に起きた。
ブレルは、素早い動きで俺から天聖球を奪うと、少し離れたところで喜びに口を耳元まであけて笑っていた。
「とうとう本性を現わしましたね。 それが本当の目的だったのでしょう。 あなたは橙のレギオンの間者ですね」 ユウキが笑いながら言った。
アドルは、この時心の中でくすぶっていた疑惑が、確信に変わった。
(俺はだまされていた)




