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5-16 陽動

 2時間後、時刻は昼を過ぎていた。 王のテントには、カケルの他にアンドレアス、セシウス、ユウキ、それとリゲンを除く各部隊長が集まっていた。 セシウスがメモを見ながら、状況報告を行なった。

 「敵の推定の損害は死者約8千名、行方不明者約2千名、消失物資50両です。 こちらの損害は、死者24名、負傷者58名、飛竜5頭、騎竜12頭です」

 部隊長達には「おおー」と喜びの声が上がったが、俺には死者24名というのが、胸に“ずん”と響いた。 もちろん戦争だから、こちらだけ損害が出ないということはあり得ないことは、十分分かっていた。 これでも想定よりは損害が少なかったのだろう、それが分かっていても気分が重かった。 セシウスは続けた。

「こちらの当初の計画では、戦場の陥没と川の出水で敵兵の主力の殲滅、その後に続く物資の消失と敵指揮官の排除により、撤退を余儀なくさせるというものでした。 しかしながら、現状は目的を完遂できている状況とは言えません。 まず敵兵数ですが、本陣に残していた兵、及び濁流を免れた兵、それと流されたが命が助かった兵が1千から2千見込まれますので、およそ6千前後と見込まれます。 敵の兵糧については、本陣に集積していた分はほぼ消失させたとのことですが、飛竜部隊が撤収するときに、平原の南側に荷車の列が見えたという報告があり、遅れていた補給部隊と思われます。 おそらく、残存兵力を考慮しても、数日兵力を維持することができるものと考えられます。 最後に敵指揮官の排除ですが、申し訳ありませんが、とどめを刺すことができませんでした。 深傷を負わせることはできましたが、その場ですぐに治療を施せば、一命はとりとめている可能性があります。 以上のことから、明日以降も戦闘が続くという前提での戦術を検討する必要があります」

「今日は、皆よくやってくれた。 戦況はまだ予断を許さない状況だが、勝利は目前である。 引き続き気を抜かずよろしく頼む」


 それは、アンドレアスが話している時だった。 俺の頭の中に声が聞こえた。

 「カケル様、聞こえますか」 レーギアにいるグレアムからの念話だった。

「グレアムさん、どうしました」 突然のことに驚きながら、応えた。

「緊急事態です。 レーギアが獣人の集団に囲まれました」

「なんだと!」 俺は思わず声に出して言った。 その場にいた全員が一斉に俺の顔を、驚いたように見ていた。 俺は慌てて、目の前の皆に説明した。

「今、グレアムさんから念話が入っています。 レーギアが獣人の集団に囲まれているそうです」 そう言うと、皆がざわついた。 俺は念話を再開した。

「グレアムさん、詳しく教えてください」

「今朝方、レーギアの北側にどこからともなく、獣人が集まり始めました。 総数は1500ほどだと思われます。 服装からすると、農民などの一般人だと思われますが、成人の男性ばかりで、手には剣などの武器を持っている者も多数おります。 その集団はレーギアに向って行進して来ましたので、私がレーギアの周囲に結界を張りました。 現在彼らは、レーギアの回りを囲んでいます」

「その者たちは、どこからきたのですか。 目的は何ですか」

「おそらく、“逃れの民”の末裔達でしょう。 目的はまだ分かりません」

「逃れの民とは何ですか?」

「これは失礼しました。 “ 逃れの民”とは、千年前の暗黒の時代に、ゴードン様に庇護を求めて逃れてきた人々のことです。 ゴードン様に許されオーリンの森に住み着いた人々は、種族毎に現在では町や村を作って住んでおります。 セントフォレストの南西には獣人族の町や村がございますので、おそらくそこから来た者たちと考えます」

「何故、その者たちがレーギアを囲んでいるのですか?」

「守備隊長が代表者と交渉に当たっているところですが、どうも要領を得ないようです」

「守備隊やレーギアの警護隊はどうしているのですか」

「相手の目的が分からない内に、ヘタに刺激して争乱になるのはまずいと思いましたので、守備隊にはレーギアから街中へと続く各街路にバリケードを作り、市民への暴行や略奪が起きないように備えさせています。 こちらからは手を出さないように命じております。 警護隊には、結界の内側にて万一結界が破られた場合に備えさせています。 私の結界が破られることがあるとは考えられませんが、問題がございます。 私の結界は連続で張れる時間は12時間が限度です。 そして一旦解除したら、最低3時間以上休息をとらないと、再び張ることができません。 既にもう6時間経っております」

「状況は分かりました。 グレアムさんの判断で問題ないと思います。 できるだけ早く戻ります。 決して力で制圧しようなどとしないでください。 アンドレアスさん達と協議してまた連絡します」 俺は、念話を終了すると、顔を見つめていた一同に状況を説明した。


 「ユウキが心配していたことが現実になったな」 俺はユウキに言った。

「何、ユウキがこれを予測していたと言うのか?」 アンドレアスがユウキに言った。

「いいえ、はっきりこれが起こると思った訳ではありませんでした。 ただ、私が敵の将軍なら、このセントフォレストに陽動になるようなことを仕掛けるだろうと思っただけです」

「では、これは橙のレギオンの策略だと言うのか? 奴らの目的は何だ」 今度はセシウスが言った。

「おそらくは天聖球の奪取、もしくは破壊でしょう」 ユウキが言った。

「何故、“逃れの民”の人々が橙のレギオンに手を貸すのだ。 彼らはレギオンには敵対しないのが取り決めになっているはずだ、それを犯す理由が分からない」とアンドレアス。

「私の想像では、橙のレギオンの間者が入り込み、偽の情報で扇動したのでしょう。 それ故、人により言うことがまちまちのために、交渉役が話の要領を得ないのでしょう。 これで、敵軍の撤退は無くなりましたね」

「どういうことだ」 セシウスが言った。

「もし彼らが、天聖球の奪取に成功したら、勝ちだと思っているからです。 実際、もし天聖球を破壊されたらどうなるでしょう。 カケル様は12王としての力も権威も失われるでしょう。 そうなればレギオンは崩壊するでしょう。 ですから、セントフォレストでの件が決着するまでは、撤退はしないと思います。 そして、我々が慌てて兵を帰せば、これを好機と追撃を開始するでしょう」

「あの将軍が、そこまで知恵が回るとは思えないが」とセシウスが考え込んだ。

「おそらく、知恵者がついているのでしょう」 ユウキが言った。

「どうするか。 正直、身動きが取れないぞ」 アンドレアスが独り言のように言った。

「私が行きます。 だまされて扇動されているのだとしたら、私が会って誤解を解いてやれば解散させることができるのではないでしょうか」 俺はアンドレアスに言った。

「それはそう簡単ではないと思われます。 それに戻られるとおっしゃれても時間が間に合いません」 アンドレアスはそう言ってから、思い出したように「あっ」と言った。


 「リーア、いるのだろう?」 俺が言うと、リーアがテーブルの上に現れた。 今日は白いミニスカートのワンピースだった。 部隊長達はその姿に驚いた。 通常リーアの姿は、王とサムライにしか見えないはずだったが、何故か今部隊長達にも見ることができた。

「リーア、俺は何でもできるのだろう? だったらグレアムさんやクロームのように空間に扉を開けて移動するやつだけど、俺にもできるかい?」

「ああ、“ゲート”のことね、もちろんよ」

「兵は一緒に連れて行けるか?」 アンドレアスがすかさず聞いた。

「そうね、今のカケルだと、100人ぐらいなら可能だと思うわ」

「セシウス、カケル様にお供する兵を選べ」 アンドレアスがセシウスに言った。

「わかりました」

「俺もいくぞ」とユウキ。

「これで決まりですね。 カケル様と私で、向こうを説得し解散させます。 これがうまくいけば、おそらく敵軍は撤退するでしょう。 敵軍もセントフォレストの結末とこちらの動きを見極めようと、積極的には動かないはずです。 ですのでこちらも守りを固め、時間を稼いでください。 セシウスさんは時折、騎竜兵の姿を見せ、軍を動かせば、その隙に本陣をつくぞという“フリ”だけすれば良いとおもいます」

「なるほど。 では明日はその手でいこう」 アンドレアスが一同に言った。

「アンドレアスさん、明日は誰かカケル様と背格好が似たものに、この鎧を着せて陣頭に立たせてください。 それと、セントフォレストの件はここだけの話にして、兵達には話されない方が良いでしょう。 動揺して士気が下がる恐れがあります」

「それは理解している、各部隊長もそのように心してくれ」 アンドレアスは一同に言った。

「出発はいつになされますか?」 セシウスが聞いてきた。

「兵の準備ができ次第移動します」

「承知いたしました。 トウリン、第2歩兵部隊から100名選抜してくれ。 血気盛んな者より、冷静に対処できる者の方が良いだろう。 選んだ者たちは密かに丘の北側に移動させてくれ。 どれくらいかかる?」

「1時間以内には可能です」 トウリンと呼ばれた男が応えた。

「それでは、1時間後に出発する」 俺は一同に向って言った。


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