5-15 一騎打ち
2度目の突破のあと、同様に反転し敵に向かい合うと、セシウスは左手を上げて部隊に停止を命じた。 セシウスは単騎で敵軍の方へゆっくり歩を進めた。 リゲンがついて行こうとすると、振り向いて手で制止しながら言った。
「俺一人で良い」
「危険です。 私も行きます」 リゲンが言った。
「一人の方が、向こうも警戒心が緩む。 それより、何があっても兵達を暴走させるな」 そう言うと、槍を肩に担いで再び騎竜を進めた。 丁度敵と味方の中間辺りまで進むと、敵の本陣に向って大声で叫んだ。
「そっちの大将、少し話しをしないかね」 セシウスはわざと陽気に叫んだ。 セシウスの目的は、向こうの将軍を一騎打ちに引きずり出し、仕留めることだった。 今までの騎竜部隊での攻撃は、永くは続けられない。 騎竜の体力が続かないからだ。 スピードが落ちて、勢いを止められてしまったら、囲まれて身動き取れなくなり、逆にこちらが全滅する恐れがあるのだ。 だからセシウスは向こうの戦術が通用しないということを示した上で、一騎打ちに持ち込もうとしているのだった。
一連のセシウスの戦術と、その後の行動を見ていたゴラムは、セシウスの意図を見抜いた。
「フン、見え透いておるわ」とゴラム。
「そうです、向こうの誘いに乗ってはいけません」とベッジ。
「あれ、どうやらおたくらの大将は、臆病風に吹かれてしまったようだな」 セシウスは、敵の指揮官が乗って来ないのをみて、敵軍の兵士達に向けて大声で叫んだ。
「無理もないかあ、自慢の兵達が一瞬で失われてしまって、しかも戦死ならともかく轢死や水死だなんて、こりゃあ王に合わせる顔が無いもんなあ。 これ以上ヘタを打ったら、首と胴が離れてしまうかも知れないもんなあ。 これ以上危険は冒せないよな。 分かるわかる」
挑発と分かっていても、さすがにこれには、ゴラムが我慢できなかった。
「俺の騎竜を連れてこい、下に降りるぞ」 ゴラムが部下に怒鳴った。
「いけません。 奴は一騎打ちに引き込もうとしているのです」とベッジが引き留めようとした。
「分かっている。 だがそれならそれで良い、自ら返り討ちにしてやる」 ベッジの忠告も無視し、騎竜にまたがると、ゴラムはセシウスの方へ降りて行った。
2頭の騎竜が10メートルほどの距離で向い合った。 セシウスの黒い騎竜は、二足歩行の速度と敏捷性に優れたタイプであるが、ゴラムの乗った赤い騎竜は4足歩行で、突進力を生かした攻撃に優れており、頭に2本の立派な角があった。
「お初にお目にかかります。 セントフォレストのレギオンのサムライ、セシウス・バーラントと申します」 セシウスは、先ほどとは打って変わって、礼儀正しく名のった。
「オレジオンのレギオンのサムライで、この軍の指揮官ゴラム・ザウだ。 話はなんだ」
「実は、ちょっとした提案がありましてね・・・」
「言ってみろ」 お前の言いたいことは分かっている、と言いたそうだった。
「あなたの兵は、我々の3倍もの兵力がありながら、もう既に1万以上も失われた。 そして軍を維持するための兵糧も焼かれた。 既にあなたは大きな失態を2つも犯している」
「我々はまだ負けた訳では無い!」
「でも状況は最悪ですよ。 そこで提案ですが、私と一戦やりませんか。 そして、どちらが勝っても負けても、これでこの戦を終わりにするのです。 これ以上の戦いはどちらにとっても無意味です」
「フン、サムライの首一つで、戦を収められる訳がないことくらい、おぬしにも分かっているはずだ。 だが、一騎打ちは受けてやろう。 こちらもはらわたが煮えかえる思いを、どこかにぶつけたかったところだ」 そう言うと、騎竜の背中につけてあった、戦斧をとりだした。
2頭の騎竜は150メートルほどの距離を空けて向いあった。 セシウスは槍を脇に抱え込むように持つと、騎竜を走らせた。 それに合わせるように、ゴラムも赤い騎竜を走らせた。 ゴラムの騎竜は、スピードは出ないが、向って来る者をはじき飛ばすパワーがあった。 セシウスは騎竜の敏捷性を生かして、すれ違いざまに一撃を加えるつもりだった。 だがそれはゴラムも想定内だった。 赤い騎竜の2本の角が、黒い騎竜の腹を刺そうと突進してくるのを、セシウスは素早くかわし、ゴラムの横になった瞬間に槍でゴラムの胸を素早く突いた。 しかし、ゴラムの戦斧によって打ち払われてしまった。 セシウスは素早く騎竜の向きを変えると、今度は背後から槍を突き立てた。 ゴラムはそれを、体を傾けてかわすと、振り向きざまに斧をセシウスの頭めがけて振り下ろした。 セシウスは斧の柄を槍の柄で受けた。 だが、ゴラムの力は凄まじく、そのまま後ろに吹き飛ばされ、騎竜から落ちてしまった。 後方に転がりながら受け身をとったので、怪我はしていなかった。 ゴラムは騎竜を止めると、戦斧を手に降りてきた。 肩を回しながらセシウスに近づくと、戦斧で攻撃してきた。 上から、下から、横からと素早い連続攻撃だった。 セシウスはそれを受けずに体を捌いてかわした。 セシウスは体を回転させ槍の柄で、ゴラムの横っ面を張り倒した。 ゴラムはそれで口の中が切れたらしく、口に溜まった血を地面に吐き出した。
2人の戦いは更に白熱していった。 ゴラムの斧をかわしても、すぐに左の腕が反対から飛んできた。 丸太のような太い腕が素早く、セシウスはそれを紙一重でかわしていた。 この拳を頭にまともに食らったら、頭蓋骨陥没か首の骨折でいずれにしろ即死は免れられないだろう。 更にゴラムの攻撃は激しさをまし、左のボディブローをかわしきれなくなったセシウスは、とっさに槍の柄で防いだ。 しかし、勢いは止められず、そのまま後方へ吹き飛ばされてしまった。 槍の柄はあっさりと折られていた。 この柄は硬いが弾力もあり、ほとんど折れることがないと言われる特殊な木材で作られていたのだ。
(バカ力め!) セシウスは、槍を捨てると、腰の剣を抜いた。
ゴラムは自分の騎竜まで戻ると、背中につけてあった武具をはずした。 そしてそれを両腕の前腕に装着した。 それは腕の前腕の両側に細長い刃が付いたものだった。 これによって両腕自体が刀なり、しかもつかむことも殴ることも自在だった。
この戦いの様子を見ていた若い兵士が、リゲンに言った。
「セシウス様、ヤバイのではないですか」 外から見ている者からすれば、セシウスが押されているのは明らかだった。 しかし、リゲンの言葉は意外なものだった。
「まったく、あの人は困ったものだ」そう言いながらため息をついた。
「えっ、どう言うことですか?」 若い兵士は、理解できないと言うような顔をした。
「あの人は楽しんでいるんだよ。 久しぶりの手応えのある相手にね。 レギオンの中で、アンドレアス様が赤鬼、セシウス様が青鬼と呼ばれていることは知っているだろう。 あの人の実力はあんなものじゃない。 あの顔が追い込まれている男の顔か?」
「そうなのですか、確かになんだかうれしそうですね」
「そうだろう、大丈夫だ、だが問題は、その後だな」
セシウスは剣を構えた。 そこにゴラムが左右の腕を縦横無尽に振るい攻撃の手を緩めなかった。 セシウスはそれを少しずつ下がりながら冷静にかわしていった。 かわしきれない攻撃も打点をずらし、まともに剣で受けないよう流していった。 ゴラムは、攻撃が一撃もまともに当たらないことに苛立ちはじめ、攻撃が荒くなってきた。 ゴラムが上段から右の拳を振り下ろした時に、セシウスは更にスピード上げて瞬時に敵の懐に入り込むと、相手の勢いを利用してゴラムを投げ飛ばした。 ゴラムはすぐに起き上がりながら、今度は下から攻撃を繰り出した。 その時だった。 剣が光ったと思った瞬間、ゴラムの太い腕が思いっきり飛んで行き、5メートルほど前方の地面に落ちた。 丸太のような腕の先の手の指が“ピクッ、ピクッ”と痙攣していた。 ゴラムは「グアッ」と声を上げ、左の掌で腕の切り口を押さえたかと思うと、レムの力で掌から熱を発生させ、自分で傷口を焼いて出血を止めた。 そしてその掌をセシウスに向けたかと思うと、熱線を浴びせた。 セシウスはかろうじて脇に避けたが、その地面は溶岩のように赤く融けていた。 ゴラムが続けて攻撃しようとした腕を上げた瞬間を見逃さず、セシウスは一気に間合いを詰めるとゴラムの左の脇腹を剣で切り裂いた。 ゴラムももちろんレムで腹部を強化していたが、セシウスの剣の方がそれを勝った。 ゴラムは左手で傷口を押さえながら、膝をついた。 セシウスはその好機を見逃さず、一気にとどめを刺そうとしたその時、無数の投げやりがセシウスめがけて飛んできた。 セシウスは後ろに飛び去って避けた。
「今だ、将軍をお守りしろ!」 ベッジが兵達に命じた。
(チッ、し損じたか) セシウスがそう思った時、リゲンがセシウスの黒い騎竜を引いてやってきた。
「セシウス様、ここが限界です。 引き上げましょう。 敵将もあれだけの深傷を負えばおそらく助からないでしょう」
「残念だが、そうしよう」 セシウスはそう言うと、折れた槍を拾い、騎竜にまたがった。
「撤収」 リゲンの命令のもと、騎竜部隊は現れた森の方へ消えて行った。




