5-14 戦闘(2)
ユウキが飛竜に乗って空に浮かび上がった時、地面の陥没が起こった西側から、水の濁流が流れ込んできた。 上空から眺めると状況が良く理解できた。 戦場になっている荒れ地の西側には大きな川が蛇行しながら流れていた。 川の湾曲した部分の西側の山の斜面が崩れて、大量の土砂が流れをせき止めるかのように流れ込んでいた。 そして湾曲部の東側では河岸部分の堤防のようになっていた部分が破壊され、川の水が湾曲部を突き破るように戦場に流れ込んだ。 しかも雨期に入って水量が増えていたため、その勢いは洪水のようであった。 この一連の洪水は、もちろんレギオンの工兵部隊の仕業であった。 戦場の陥没が合図となり、川をせき止め、流れを変えることになっていたのだ。 戦場を見てみると、3段の柵があった一帯は広く陥没しており、大部分の獣人兵たちが、穴に落ちていた。 それでも土砂に飲み込まれなかった兵たちは穴から這い出そうとしていた。 そこに茶色い濁流が勢いよく流れ込み、生き残った多くの兵士は流れに飲み込まれていった。 一瞬で戦場の状景は一変し、戦場は今や濁流の川と化していた。
ユウキが丘の上に戻ってくると、アンドレアスが駆け寄りユウキの手を握った。
「良くやってくれた。 ユウキの働きが無ければ、この作戦が台無しになるところだった」
「お役に立てて、良かったです」
「後は、セシウスが仕上げをうまくやってくれれば、我々の勝ちだ。 よし、次だ」 そう言うと合図の兵に向って言った。
「飛竜部隊、出撃だ!」 それを受けて旗を持った兵が、丘の北側に控えていた飛竜部隊に合図を送った。
飛竜が次々と大空に飛び立った。 2百以上の飛竜が丘の上で左に旋回しながら部隊がそろうのを待つと、編隊をと整えながら南の敵本陣向けて飛んで行った。
南の丘ではゴラム将軍とベッジが呆然として、目の前の茶色の川と化した戦場を眺めていた。
「こんなことがあって良いのか、一瞬にして我が軍団が消滅してしまった」
「こんなことは、とても予測できません」 ベッジが言い訳のようにつぶやいた。
「ゆるさん、ゆるさんぞ!」 ゴラムは拳を強く握り締めた。
「将軍、今はこれからの対応をまず考えなければいけません。 奴ら今度はこの本陣を狙って攻めてくるはずです」
「攻めてきたら返り討ちにしてくれる。 こちらにはまだ3千の兵を残している。 別動隊が攻めてきたとしても、いいところ5百というところだろう」 そう言っている時に、敵の本陣の上空に飛竜の群れが現れた。
「何だと、奴ら空から攻める気だ」 ベッジが飛竜の黒い群れを指さして言った。
そうこうしているうちに、その群れがこちらに向って来るのが見えた。
「弓と、投げやりを持つ者は備えろ」 ゴラムが命じた。
「将軍、それでは届きません」 ベッジが反論した。
「いや、あの高度からの攻撃では、精度が大幅に下がる。 攻撃の時には高度を下げてくるはずだ、そこを狙え」
飛竜の編隊は、たちまちゴラムの本陣に迫ったが、高度を下げることも無くそのまま上空を次々と通り過ぎていった。 その先にあったのは、食料などを満載した何十台もの荷車だった。 飛竜部隊の標的は、物資の集積所だった。
「しまった、奴らの狙いは兵糧だ」 ベッジは歯がみしながら言った。
「兵を千、集積所へ送れ、大至急だ!」 ゴラムは近くにいた部隊長に怒鳴った。
飛竜兵たちは集積所に近づくと、高度を下げ次々と油の入った壺を投下した。 壺を投下した飛竜はそのまま高度を上げながら離脱していった。 油の壺は荷車にぶつかって割れ、油が辺りの物資に降りかかった。 そしてその後に続いた飛竜兵が火球で荷車に次々と火を点けていくのだった。 数十台の荷車が次々と炎を上げながら燃え上がった。 丘を越えて獣人兵達が集積所の方へ来たが、その時にはほとんどの荷車が燃え上がり、手の施しようが無い状態だった。 飛竜の群れは、上空を旋回しながらその様子を確認し、そしてまた来た時と同じように編隊を組みながら戻っていった。
戦場の西側、川の氾濫が起きた地点の側の森の更に奥。 セシウスの側の木に登って様子を観察していた兵が言った。
「敵陣の方に煙の筋が幾本も上がっています。 そして飛竜部隊が帰還しようとしているところです」
「よし、さあ俺たちに出番だ。 派手に暴れてやろうぜ」 セシウスは隣にいた騎竜部隊の部隊長リゲンに言った。
「そうですな。 野郎どもいくぞ」 リゲンが後ろに控える騎竜兵たちに言った。 リゲンはアンドレアスが傭兵部隊を率いていた頃からの、アンドレアスの部下の一人で、一緒にレギオンに入ったのである。 そのため興奮してくると口が荒くなるのであった。
飛竜の群れが飛び去り、丘の後ろで兵達が物資の消火に躍起になっていたとき、西側の森から、騎竜の群れが飛び出してきた。 その数、約5百、ベッジが予想していた場所だった。
「来ましたぞ、将軍」 ベッジが騎竜の群れを指さしながら言った。
「備えろ、来るぞ」 ゴラムが命令した。 丘の下に布陣していた2千の兵は西側に向きを変えると、鶴翼に広げた。 ゴラムの考えでは、正面で止めて両側から挟み込んですりつぶすつもりだった。
セシウスは部隊の先頭を駆けていた。 全身、紺に近い青い鎧を身につけていた。 騎乗していた騎竜は全身が黒くて、他の騎竜よりも一回り大きかった。 持っていた武器は、長さ3メートルの槍、と言っても特殊な槍だった。 柄の先端に付いているのは、槍と言うよりも剣といった方が近い。 両刃の切っ先で突くことはもちろん、斬ることもできるし、つけ根に左右に突き出た刃で、敵の攻撃を受けることもでき、使い方の点からも矛に近かった。 柄の反対側の石突きの部分も、プラスのドライバーの先端をとがらせたような刃が付いており、後ろから迫る敵に対しても瞬時に刺突する事ができた。 当然、通常のものより重量が重く、力自慢の者であってもそれを自在に振るうことは容易ではなかった。
セシウスの後にリゲン部隊長が続き、部隊はくさび形の隊形をとった。 セシウスは速度を上げると、敵軍の真ん中に突進していった。 敵は中心に牛やサイなどの重量級の獣人を集め、こちらの突進を止めようとしていた。 セシウスは突入する手前で槍を振り上げると、敵の正面めがけ槍を振り下ろした。 「セイッ!」かけ声と同時に槍の先端から稲妻が走り、その延長線上にいた数十人の獣人が電撃で倒れた。 その回りにいた獣人たちが、驚いて一瞬怯んだすきにセシウス達は突進していった。 出鼻をくじかれた獣人兵たちに、もはや騎竜の勢いを止めることはできなかった。 セスウスたちは、まさしく獣人の群れを切り裂きながら突き進んでいった。 セシウスの槍は、血に飢えた生き物のように自在に動き、獣人を騎竜に寄せ付けなかった。 騎竜のくさびは、獣人の鶴を真二つに切り裂いて突き抜けて行った。 セシウス達はそのまま直進し5百メートルほど進んだところで、リゲンと左右に分かれると円を描くように反転し、やがてまた一つに合体した。 そしてそのまま、再び加速すると、体勢を修復できていない敵軍の中に、再び突撃を開始した。 獣人族の軍は元々、集団での組織だった戦いは得意な方ではなかった。 個々の高い身体能力を生かし、怒濤のような攻撃力で相手を圧倒し、反撃の隙も与えず押し切るパターンが多かった。 しかし、セシウス達はそれを発揮させずに、逆に切り刻んで行った。




