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5-13 戦闘(1)

 紫色の景色に西側から光りが差し始めた頃、南側から人の波が静かに動き始めた。 横に大きく広がり波打ち際に打ち寄せる黒い波のように静かに寄せていた。 軍勢は皆徒歩で、兵の構成は様々な獣人の混成部隊だった。 手にしている武器も、槍、刀、斧、槌、鉄棒など様々であるが、それぞれの身体特性に合わせたものであるとも言えた。 防具も様々であったが、重い金属製の鎧よりも機動性を考慮した皮や木、竹製の物が多用されていた。 どの兵もこれから起こることを想像して、興奮ぎみだった。


 北の軍勢も既に配置についていた。 3重に張り巡らせた柵の高さは3メートル以上あった。 その柵の手前に3つの歩兵部隊が配置されていた。 そしてその両脇には、数台の投石機が設置されていた。 歩兵部隊の後ろの斜面には、弓兵部隊が控えていた。 兵達は、敵の兵力が圧倒的に多勢であるにも関わらず、臆してはいなかった。 自分達のこれまでの厳しい訓練と、練り上げられた作戦により、必ず勝てると信じているのだった。


 丘の上に俺は立っていた。 ピカピカに光る銀の鎧をつけて、まるでアニメのヒーローのコスプレをしているような気分だ。

「もっと地味な鎧でも良かったのではないですか」 俺は不満げにアンドレアスに言った。

「それくらいで、良いのです。 遠くの兵達からも良く見えるでしょう」 アンドレアスは、敵の軍勢の進み具合を見ながらいった。 アンドレアス自信は、全身赤い鎧をまとっていた。 俺は剣を抜いてみた。 きれいな剣で、本体部分にドラゴンの姿が彫られていた。 良い剣なのだろう、だが“黒い閃光”のように惹かれるものは感じなかった。


 「来るぞ!」 アンドレアスが言った。 敵陣の方から、太鼓が打ち鳴らされた。

 敵の兵達が一斉に走り始めた。 先頭の兵が第一段目の柵の手前に達したとき、兵の姿が突然地面に吸い込まれて消えた。 敵の参謀が予測していたように、柵の手前には落とし穴が掘ってあったのだ。 先頭を走っていた兵達は落とし穴に落ちたが、その後ろの兵達は、驚異の身体能力で穴を飛び越えて行った。 特に猿系の獣人達はそのまま柵に飛びつき、難なく柵を上っていくのだった。 熊や牛などの体の大きな獣人達は、穴を回り込むと柵を怪力でゆすったり、斧を叩き込んだりして破壊しようとしている。 柵の前にはかなりの兵達が集まってきていた。

 「今だ」 アンドレアスが脇に赤い大きな旗を持った兵に言った。 その兵は、持った旗を、体全体を使って左右に大きく振った。 それを合図に、丘の斜面に並んだ5百名の弓兵部隊が、敵兵めがけて弓の斉射を浴びせた。 敵のあちこちから悲鳴が聞こえてきたが、それくらいでは勢いは止まらなかった。 柵を乗り越えた敵兵が飛び降りると、そこにも落とし穴が掘ってあった。 しかもそこには、先端を鋭く削った杭が何本も植えられており、飛び降りた兵が次々と串刺しになっていった。 それでも次から次へと敵は押し寄せてきていた。 弓兵部隊は次々と矢の雨を降らせるが、敵の被害は限定的で、背中や胸に矢を受けながらも前に進もうとするのを止めることはできなかった。 歩兵部隊の脇に控えていた部隊が投石機を投入しはじめた。 投石機で飛ばしているのは、石ではなく油の入った壺だった。 敵の中に落ちた壺は割れ、油を一面にまき散らした。 そこへ歩兵部隊で炎のレムを使える者たちが、次々と火球を打ち込むのだった。 敵軍のあちこちで火柱が上がり、体中を炎に包まれた多くの兵が、地面に転がる様子が見られた。


 第1段目の柵はほぼ破壊されていた。 多くの獣人兵が第2段の柵にとりつき始めていた。

「予想よりも早いな」 俺の隣で見ていた、ユウキが言った。

「そうだな、勢いが止まらない。 アンドレアスさん、もうそろそろ良いのでは?」 俺は、隣のアンドレアスに向って言った。

「もう少しです。 効果を最大限にするには、もう少し引きつけて敵軍全体を密集させたい」


 獣人の軍勢が、柵にそって密集していた。 そして多くの兵が2段目の柵を越えており、このままでは3段目の柵を越えるのも時間の問題となっていた。 アンドレアスは、好機到来と判断し兵に合図を送らせた。 しかし、何も起こらなかった。

「どうした? なぜ何も起こらない。 ここがこの作戦の一番重要なところだぞ」 アンドレアスは焦ったように言った。 戦場のある場所を凝視していたユウキが、伝令のために近くに控えていた兵に言った。

「その飛竜で、俺をあそこに連れて行ってください。 今すぐにです」 兵は困惑したように、俺とアンドレアスの顔をみた。 俺はすぐにユウキの意図が分かった。

「言うとおりにしてください」 俺は兵に言った。 兵は「はっ!」と了解するとすぐに飛竜にユウキを乗せて飛び立った。 飛竜はたちまち西側の柵の端付近まで飛んで行った。 その場所は、柵を越えてきた獣人兵とレギオンの兵による白兵戦が始まっていた。


 ユウキがその場所に降り立ったとき、状況を理解した。 この場所は柵の西端であった。 ここに配置されていたのは10名の工兵である。 役目はここに爆薬を仕掛け、合図と共にこの地を爆破することだった。 しかし、合図が出る前に獣人兵の一部が現れ、戦闘状態に入っていたのだ。 それでもユウキが降り立った時、一人の兵が導火線に火を点けた。

 大きな爆音と共に柵の辺りの地面が爆発し、土砂や木片が吹き飛んだ。 そして爆発が起こった周辺の地面が大きく陥没した。 しかしそれだけだった。 この後、柵に沿って連鎖的に爆発が起こるはずだったのだ。

(だめだ、爆発の威力が足りない。 連鎖も切れている、作戦は失敗だ) ユウキは陥没した穴の側まで走りながら、考えた。

(この辺りは石灰岩でできている。 地下は広範囲に洞窟ができているという。 うまくやれば、連鎖的に陥没を引き起こせるはずだ。 必要なエネルギーはどれぐらいだ、俺の力でできるのか?) ユウキは穴の東側の地面にしゃがみ込み、両手を突くと、地面の感触をさぐるようにしながら、精神を集中しようとした。 そこへ一人の獣人がユウキを斬りつけようと迫っていた。 ユウキはそれを気にとめることなく、地面に集中した。

(砕けろ!) ユウキは地面が大きく崩れるイメージをしながら、心の中で念じた。


 次の瞬間、地面が大きく揺れ出し、轟音とともに次々と地面が陥没し始めた。 そしてそれがさらに隣の陥没を誘発し、柵があった付近の一帯の地面が連鎖的に陥没していった。 柵の付近に密集していた獣人兵たちの大部分が、穴に飲み込まれていった。

(うまくいった)そう思ってほっとした瞬間、ユウキは自分の前で剣を振り上げている狐の獣人に気がついた。 しかし、もう遅い間に合わないと思った瞬間、血しぶきを飛ばして倒れたのは、獣人の方だった。

「お怪我はありませんか」 ユウキが見上げると、そこに立っていたのはユウキをここまで連れてきてくれた飛竜兵だった。

「ありがとうございます」 ユウキは立ち上がり、礼を言った。

「それにしても、凄いですね。 あれがユウキ様のレムなのですね」 若い、と言ってもユウキよりは年上だと思われる兵士は、笑いながら言った。

「いやいや、僕はきっかけを作ったにすぎません」 そう言った時、西の方から爆音が聞こえた。 更に少し間をおいてまた爆音が聞こえた。 すると西の方から地鳴りのような音が次第に大きくなってきた。

「ユウキ様、ここは危険です。 戻りましょう」 そう言うと、兵士は“ヒュー”と指笛を吹いた。 岩の影にいた飛竜が“呼んだ”とでも言っているように首を伸ばしてこちらをみると、近づいて来た。


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