5-5 力の確認(1)
ジュリアンは下に降りてくると、皆を集めた。
「カケル様が外出を希望されている。 レオン、北の演習場へご案内してくれ。 他の者も随行するように」
「えっ、街を見物に行かれるのではないのですか」とレオン。
「カケル様は、ご自分の力の確認を行ないたいとのことだ」
「じゃあ、お手合わせをお願いしても良いですよね」
「カケル様が望まれるのならばね。 ただし、お怪我をさせるようなことは、決してするな。 明後日の出発に差し支えるからな」
「いやいや、それは無いでしょう。 それを言うなら、俺たちに『怪我をするな』でしょう」とリース。
「レオン、警護隊から10名ほど連れてってくれ。 ホーリー、周囲を十分警戒するように。 私はこれから、アンドレアス様とグレアム様との打ち合わせがあるので、行けない」
軍の演習場は、レーギアの北約3キロのところにあった。 起伏に富んだ地形で、荒れ地、森、岩場など様々な場面での戦闘を想定した訓練が行えるようになっている。 馬車の前後を10名の警護隊の兵が警護し、両脇にレオンを始め警護班が固めた。 俺としては、馬か騎竜で行ってみたかったのだが、そこでモタモタしているのも時間が惜しいので、今回は諦めた。 馬車にはグレンも乗っていて、窓から珍しそうに景色を眺めていた。
演習場に着くと、俺はまず岩山の壁の前に立った。 屈伸したり、肩を回したりしながら軽く体をほぐすと、数回深呼吸をして呼吸を整えた。 体の中で、熱いエネルギーが駆け巡るような、そんな感じがした。
大きな岩の前で、軽く右手を突き出し、炎をイメージした。 すると、瞬時に大きな炎が勢いよく噴き出し、大岩を飲み込んだ。
「おおっ!」 俺は自分がイメージした以上の炎が吹きだしたので、自分自身で驚いた。 炎が止まると、目の前にあった大岩が半分以上融けて赤い液体になって流れていた。 次に岩の壁に向って左手を突き出し、風をイメージした。 これも瞬時に小さな竜巻のような風の渦が噴き出し、岩の壁を直撃した。 轟音とともに竜巻は、岩壁をえぐり、一帯を崩壊させた。
(す、すごい。 これが俺の力? 全然今までと威力の桁が違う。 しかも軽くイメージしただけだぞ。 それに放出までのタイムラグが無くなっている、これは大きいぞ) 俺は自分の掌を見つめながら、拳を握ったり開いたりを繰り返した。
「カケル様、雷を落とすやつをやってくださいよ」 エレインが声をかけた。
「雷って言われても、やり方が分からないよ」
「アンドレアス様と戦われた時、やっておられましたよ。 こんな感じで」 エレインが右手を上に上げたかと、思うとそれを振り下ろした。
俺はそれをまねて右手を頭上に伸ばし、雷をイメージした。 するとたちまち上空に黒雲が現れた。 俺が右手を下ろしながら、20メートルほど先の岩を標的に落雷をイメージした。 すると、“ガラガラ、ドーン”という轟音と稲妻と衝撃がほぼ同時起こった。 標的の岩のあった場所には、衝撃で土が吹き飛び直径10メートルほどの大きなくぼみができ、その中心は黒く焼け焦げていた。 遠巻きに離れて見ていた兵士たちも呆気にとられていた。
(なるほど、大体わかった。 威力の加減が難しいな)
「カケル様、俺と組み手をやりませんか?」 レオンがやる気満々で言ってきた。
「良いでしょう」 俺も自分がどこまでやれるのか確認したかった。 レオンが訓練用の剣を2本持ってきた。 こちらの組み手は、最初剣での戦いを前提にしているようだ。 俺は剣を2、3度振って感覚を確かめた。 俺には少し重いように感じたが、扱えないほどでは無い。 剣を左手で持ち、左前に構えた。
「あれ、カケル様って左利きですか?」 レオンが聞いた。
「あっ、両方使える。 実は剣はあまりあてにしていないので、こういう構えになった」
「なるほど、ではいきますよ」
レオンが素早い連続突きを繰り出すと、俺は防戦一方になった。 受け流すのがやっとだったが、不思議と怖さは感じなかった。 剣の鋭さや速さは、黒騎士と戦った時と変わらない位だったが、あの時のような恐怖は感じなかった。 気持ちは不思議と落ち着いていて、そのせいか次の剣筋が予測できた。 だが剣筋は予測できても、体が頭についていかない、どうしても一歩遅れがちになり、転じて攻撃にでることができなかった。 ずっと押され気味だったが、やがてレオンの渾身の一撃で、俺の剣は叩き落とされてしまった。 だが、俺はその一瞬を見逃さなかった。 右手でレオンの右手首を取ると、左手をレオンの肘にかけ、右手をひねりあげた。 レオンの拳を肩の外側の方へ押し込みながら、左脚を引きながら体をさばき、レオンを投げた。 そしてその顔面に拳を入れる直前で止めた。 レオンは悔しそうにすぐ立ち上がると、言った。
「もう一本お願いします」 剣を拾って、一本を俺に渡そうと差し出した。
「いや、剣はいらない」と俺は少し考えてから言うと、レオンは少し驚いた顔をした。
「あっ、いや、これはレオンさんを相手にするのに、剣は必要ないという意味ではないです。 剣を持つと、どうしても剣を前提にした戦いになります。 剣ではレオンさんには敵わないので、逆に剣なしで自分なりの戦い方ができるようにしたいと思ったのです」
「分かりました。 アンドレアス様と戦われた時と同じような戦闘スタイルを試したいと言うことですね」 レオンは納得したように頷いた。 俺としては、そう言われても、記憶に無いのだが、笑いながら頷いた。
俺は無手で、両手を胸の前に出し、左前に構えた。 素早く動けるようにつま先立ちになり、レオンの体の動きが瞬時に分かるように、全体を見るようにした。 呼吸を整えながら、余計な力が入らないように意識しながら、集中した。 剣を右手に握り、構えたレオンは、カケルの雰囲気が変わったのを感じ取り、背筋に鳥肌が立つのを感じた。
(これこれ、剣を持っているこっちが有利なはずなのに、逆にこっちの方が圧倒されている。 集中しろ、気を抜いたら一瞬でやられるぞ)
レオンが剣で素早く突いてきた。 俺はその直前に動きを察知し、左前に避けた。 ところが素早く動けたのだが、レオンの右5メートルぐらいまで離れてしまった。 俺自身は、レオンのすぐ脇に軽く避けたつもりだったのだが、自分の感覚と体の動きのギャップに驚いた。 俺とレオンは、お互いに驚いた顔で見つめ合った。 その後も、レオンの剣を体の捌きとレムで保護・強化した腕で防ぐのだが、一いちオーバーアクションになり、見ていたエレイン達は思わず笑いそうになった。 しかし、しばらくすると、カケルの動きが修正されて、頭と動きが統一されるようになってきた。 最初のころは、剣を避けるだけだったが、無駄な動きが無くなってくると、反撃するようになってきた。 カケルがレオンの懐に飛び込むと、斬り込んでくる剣を左腕で受けながら、右の拳をレオンの腹に打ち込んだ。 “ドゴン”という大きな音と共に、レオンが後方に吹き飛ばされた。 レオンは鋼板製の胴鎧を着けていたが、大きなへこみができていた。
「あっ、すみません。 軽く当てたつもりだったのですが・・」 レオンは苦しそうに、起き上がりながら言った。 「大丈夫です」
「うまいね。 単純に剣を、レムで保護した腕で受けているように見えるけど、しっかり剣の側面を、手首を回転させながら受け流している。 だから大きな衝撃を受けていない」 エレインが感心したように言った。
「そうだね。 無手同士の近接戦闘で、たまにああいうことする人がいるけど、剣を相手にあれができる人は滅多にいない」とホーリー。




