5-4 王女
午後に居室でくつろいでいると、ジュリアンが入って来た。
「カケル様、前王のご息女であらせられますアイレス様が、ご面会を希望されておりますが、お会いになられますか」
「ああ、分かりました。 お会いしましょう」 そう言うと、ジュリアンについて下に降りて行った。 下の階には、応接室があった。
応接室に入ると、そこには赤いドレスを着た若い女性がいた。 すぐにソファーから立ち上がると、にこやかに微笑みながら近づいて来た。 金髪の長い髪を後ろでまとめ、青い大きな瞳で見つめていた。
「初めまして、アイレスです」
「翔です。 お父様のことは、お悔やみ申し上げます」 お互い向き合って、ソファーにかけた。
「ありがとうございます」 そう言うと、俺の斜め後ろに立っていたジュリアンに向って言った。
「席を外しなさい。 私はカケル様と大事なお話があるの」 威厳のある、有無を言わさない口調だった。 ジュリアンは俺の方を見た。 俺は無言で頷いた。 するとジュリアンは「失礼いたしました」と言いながら退出した。
「カケル様、王様になられたご気分はいかがですか」
「いや、まだ実感が湧かないというか、私が王になんかなって良いのだろうかと、まだ思っています」
「カケル様は立派に王選抜で選ばれたのですから、自信をお持ちになってください。 父もきっと喜んでいると思いますよ」
「ところで、お兄様の様子はいかがですか?」
「兄は王選抜以来、部屋に閉じこもってほとんど出てこようとしません。 よほど精神的にショックを受けたのでしょう。 でもそれもしようがありませんね。 自分の身の程を知らずに、無理に王選抜に参加したのですから。 父もそれが分かっていたから後継者に指名しなかったのだと思います」
「ところで、これからの身の振り方については、何かお考えですか?」
「それが、まだ何も考えられなくて・・・」少し間を開けてまた話し始めた。
「父の葬儀がまだ終わっておりませんし、兄は申し上げたような状態でそちらも気になりますし、とても自分のことなど考えられません。 でも、カケル様がどうしてもここを出て行けと仰るなら、今すぐにでも出て行きますわ」 アイレスは悲しげに目を伏せた。
「あっ、そ、そうですよね。 今のは気にしないでください。 十分落ち着くまで自由にしていてください」
「ありがとうございます。 カケル様がお優しく、心の広い方でうれしいです」
「い、いやあ、そんなことないです」
「ところで、戦争が始まるとお聞きしております。 カケル様も出征なされるそうですね」
「ええ、明後日出発します」
「カケル様は大変お強いとお聞きしておりますが、私とても心配しております。 なぜなら、いつでも思いもかけない出来事が起こってしまうものです。 どうぞお気をつけてくださいませ。 私、毎日神殿で戦いの女神カロンに、レギオンの勝利とカケル様のご無事をお祈りいたしますわ」
「ありがとうございます」
「それでは、カケル様も色々とお忙しいでしょうから、このへんで失礼いたします。 どうかご武運を」 そう言うと、アイレスは部屋を出て行った。 アイレスはジュリアンの机の前を通り、階段の方へ歩いて行った。
(新王とはいえあんな男、チョロイもんね。 これで私に出て行けとは言えなくなったでしょう。 ここは私のものよ、誰にも渡さない。 アイツを私の虜にして、私がここの主人になってやるわ)
アイレスが出て行くと、応接室にジュリアンが入ってきた。 ジュリアンは少し心配そうな顔で言った。
「カケル様、差し支えなければ、どのようなお話かお伺いしてもよろしいでしょうか」 俺は、会話の内容を話した。 するとジュリアンは、微かに口を歪めた。
(やはりあの女狐、意図がミエミエだわ)
「カケル様、僭越ですがご忠告させていただきます。 アイレス様はお近づけにならない方がよろしいかと考えます」
「えっ、何故ですか?」
「グレアム様からお聞きになられたと思いますが、歴代の王は正妃を設けません。 王の選ばれた女性はレーギアで暮らし、お子様もお暮らしになられますが、それは成人になられるまでです。 成人になられると、レーギアを出られて独り立ちされるのです。 独り立ちと言っても、領地が与えられるわけでもなければ、何の特権も与えられません。 他の一般の市民と同様にお暮らしになるのです」
「それは、少し過酷なのでは」
「王は総じて、ご長命です。 アイレス様はオークリー様の18番目のお子様です。 お子が生まれる度に、領地や特権をお与えになっていては、たちまちレーギアは傾いてしまいます。 それで、レーギアでお暮らし中には、様々な習い事をされ、市中に出ても暮らしていける術を身につけなければならないのです。 ところがロレス様達は、それを怠りました。 オークリー様は嘆いておられましたが、このまま放り出すのも忍びず、レーギアでお暮らしになられるのを、黙認されていたのです。 それで、彼ら3人の処遇は新王に任せると遺言されたのです」
「しかし・・・」
「お子様たちを、レーギアから出されるのには、財政的な問題からだけではございません。 王は世襲できないのです。 しかしそれでも正妃を決めてしまうと、お后の発言力が強くなり、ご自分のお子様を何とか次の王にできないか考えるようになってしまいます。 そうすると重臣達を巻き込み、権力闘争やお子様たちの後継者争いが起こってしまいます。 それを憂いた王が、最初から後継者には誰もなれないと言うことを示すために、成人と同時にレーギアから出されることにしたのです。 アイレス様はそのことを承知のうえで、カケル様に接触されました。 カケル様の人の良さにつけ込んで、レーギアに居座る魂胆かと思われます」
「それは、考えすぎなのでは」
「いいえ、そんなことはありません。 カケル様は甘すぎます」
「分かりました、この件は戦争から帰ってから考えましょう。 ところで、ちょっと外に出たいのですが・・」
「承知いたしました。 お散歩ですか?」




