4-21 王の誕生(1)
アンドレアスは、12王の会議に隣席したわけではないが、会議後にオークリーから聞いた内容を、話してくれた。
「カケルが昼に言った言葉は、まさにオークリー様が言われた言葉と同じだ。 怒りっぷりもな」 アンドレアスが笑いながら言った。 この人はいつも怖い人だと思っていたが、こんな風に笑うんだと俺は思った。
「それじゃあ、なぜ最初から正直に話してくれなかったのですか?」
「それは、オークリー様の件だ。 オークリー様が会議から戻られて、冷静になられた時に、自分の余命がいくらもないことを思い出し、仰られたのだ。 『次の王になる者には、悪いことをした。 これで戦いは避けられないだろう。 恐らく熾烈な戦いが続くに違いない。 その戦いを勝ち抜くためには、強い意思と覚悟が必要だ。 途中で考えを変えたり、周りに流されない者を選んで欲しい』とな。 それであえて反対の質問をしたのだ」
「じゃあ、もし俺が適当にあわせた返事をしていたら?」
「残念だが、死んでもらうことになっていた。 どのような手段をとってでもな」 アンドレアスが真顔になって言った。
「まあ、そんな事にはならないだろうと、皆思っていたよ。 昼のお前の怒りっぷりを見てな。 後はお前がいつ結論を伝えに来るかという話だったのだ。 俺とグレアム殿は明日の朝に賭けたのだが、アンドレアスは今夜中にくる方に賭けた」 セシウスが言った。
「なっ、死ぬ覚悟で乗り込んできた俺が、バカみたいじゃないですか」
「そんなことはない。 カケル殿の覚悟、確かに受け取った」 グレアムはそう言うと、2人と一緒にテーブルを回って、俺の前に来ると、一斉に跪いた。 俺はビックリして立ち上がった。
「カケル様、これより我ら緑のレギオンは、あなた様を我らの王としてお迎えいたします」 アンドレアスが頭を下げながら言った。
廊下に出ると、ジュリアンたちが心配そうに待っていた。 部屋に戻るまでの間、誰も一言も発しなかった。 部屋に入ると、エレインが我慢できずに聞いてきた。
「どうなったの? ねえ、どうなったの?」
「王様になることになった」
「やったあ、良かった」 そう言うとエレインは、俺の手を取った。
「おめでとうございます」 ジュリアンが微笑みながら言った。
「よしよし」 ホーリーが俺の頭をなでた。
「ホーリー姉、それはヤバイって」 エレインが言った。
「うん、カケルが王様になったらもうできないから、最後の“よし、よし”」
「これで、アタシたちもお払い箱だね。 今日で最後かな」とエレイン。
「えっ、どうして?」
「バカだな、いや、すみません。 カケル、様が王様になったら、もっと偉い人たちが側近として周りを固めるから、アタシたちのような下っ端は、近寄ることもできなくなるということ」 エレインが言った。
「それって、俺が王様なのだから、俺が君たちを側に置きたいって言えば、大丈夫なんじゃない?」
「それはいけません。 お気持ちはありがたいですが、王が特定の気の置ける者だけを側に置かれるのは、レギオン内の不和の元になります。 レギオン内には優秀な者たちが多くおりますので、皆喜んでお仕えいたしますよ」 ジュリアンが言った。
「えーっ、王様って、思ったより自分の思うとおりにできないのだな」
「とにかく今夜は、私たちは部屋の外に控えておりますので、ご用があればお呼びください」 そう言うとジュリアンたちは出て行った。
しばらくして、上代が入って来た。
「どうなった? 話をしてきたのだろう?」
俺は、アンドレアスたちとの会話の一部始終を話した。
「そうか、おめでとう」 上代が不雑そうな顔で言った。
「ありがとう」 俺も上代の気持ちを考えると、それ以上なんと言えば良いのか分からなかった。 少しの沈黙の後、俺が聞いた。
「これから、どうする。 少し時間はかかるが、黒ニャンに頼んで向こうに帰ることもできるんじゃないか」
「いや、それは考えていない。 クロームさんの話じゃ、帰れたとしても同じ場所、同じ時代に帰れるとは限らないということだ。 元々、向こうの世界で退屈していたので、帰る気はない」 上代はあっさり言った。
「それじゃあ、俺を扶けてくれないか? 俺、正直言って、急に王様やれって言われても、絶対に無理だ。 分かるだろう、俺バカなんだから」
「ふっ、お前はバカじゃないよ、ただ物事を知らないだけだ。 だけどお前のすごいところは、一瞬で物事の本質を見抜く事だ。 お前は気づいていないようだけどな」
「えっ、どういうことだよ」
「お前、旅の途中で、大きな犬のような魔獣が襲って来た時、奴の動きを止めるために、瞬時に手立てを考えついただろう。 村が襲撃された時も、俺の作戦の問題点にすぐに気づいただろう。 リーダーが色々迷って、的確な判断ができないってのが一番まずい。 お前はリーダーとして、間違いなく向いているよ。 知識なんて後から幾らでも身につくし、知識や経験の豊富な者を側に置けばいいんだ。 まあ、俺よりはバカだけどな」 と言って笑った。
「なんだか、褒められたのか、けなされたのか、複雑だな」
少し置いてから、俺は思いきって話し始めた。
「俺、学校にいた頃、上代のこと本当はあまり好きではなかったんだ。 何か聞きにいくと、“なんだこいつ、こんなことも知らないのか”と言うような目で見られたからな。 しかも頭が良いだけじゃなくて、背は高いし、イケメンだし。 オマケにスポーツも得意だったろ。 普通、頭の良い奴は、ガリ勉でその分運動音痴という奴が多いだろう。 天がこいつに二物も三物も与えて、不公平だと思っていた。 こいつには何をやっても敵わないとな」
上代は笑っていたが、やがて真顔になると、話し始めた。
「実は、俺もお前のことが好きじゃなかったんだ。 お前は良く人から色々な事を頼まれていただろう」
「ああ、でもそれは、みんなにうまく利用されて、押しつけられているだけだろ」
「そうじゃない。 確かにイヤな事をお前に押しつけてしまえという奴もいたさ。 だが多くの場合、お前は頼りにされていたのだよ。 『あいつに頼めばなんとかしてくれる』 ってな。 それをお前は引き受けてしまうだろ。 バカのくせに苦労しながら、一所懸命になってなんとかしようとしてもがいている。 それを見ていると、イライラしてくるのだよ。 『もっとできる奴に頼め』ってな。 それで、それを見ている奴らも、『それだけ頑張っているなら、なんとかしてやろうじゃないか』と助けてくれる。 で、結局いつも、本当になんとかしてしまうだろ。 お前はいつも、周りを引きつけて、いつの間にか中心にいるんだ。 それが羨ましかったのだと思う」
「お前が、そんな風に考えていたなんて、知らなかった。 お前には誰も頼みにくかったのだよ。 なにせお前はいつも難しい本を読んでいて、“話しかけんな”オーラを出しまくっていたからな」 2人は大きな声で笑い合った。
「いいよ、俺がお前のサンチョ・パンサをやってやるよ」
「えっ!」
「旅の途中で、ドン・キホーテの話をしただろ、俺がドン・キホーテでお前が従者のサンチョ・パンサだって話し。 でもドン・キホーテはお前の方だったな」
「それじゃ、扶けてくれるのかい」
「ああ、おれもお前が、この世界で何を成し遂げるのか見てみたい」
「ありがとう、お前が側にいてくれれば、心強い」
 




