4-16 王の資格(2)
カケルは倒れたまま動かなかった。 見ていたレギオンの人々は、誰もがこれで決着がついたと思った。 たとえ立ち上がってきたところで、これ以上は命を落とすだけだと思ったからだ。 その時カケルの手が“ピクリ”と動いた。 そしてゆっくりと上体を起こし、ふらつきながらも立ち上がると、黒騎士に向った。 両腕はぶらりと下がったままだった。
(うん? 雰囲気が変わったな) セシウスは思った。 カケルが何やらブツブツ言っているようだった。 すると突然カケルが動いた。 黒騎士に負けないような速さで、一瞬にして距離を詰めると、黒騎士の胴に右の掌底を当てた。 すると黒騎士が、“ドゴッ”という轟音と共に後ろに飛ばされた。 黒騎士は倒れることはなかったが、ダメージは受けたようだった。 甲冑の胴の部分に大きなへこみができていた。
「おおっ、初めて当たったぞ」 レギオンの人々に驚きの声が上がった。 その後カケルの動きは、見違えるように良くなった。 黒騎士の攻撃もかわしながら、更に拳で胴や顔面へ攻撃を加えていた。
「はははは、やっと目を覚ましたか。 待ちくたびれたぞ。 そうでなくては面白くない」 そう言うと、剣を振り下ろした。 カケルは剣を何事も無かったように左腕で受けると、そのまま右拳を騎士の胴に打ち込んだ。 騎士はたまらず後ろに素早く下がったが、カケルは逃がさず追撃を加えた。 その拳はかわされたが、勢い余って当たった地面が、爆発したように吹き飛び、大きな穴が空いた。
それからの戦いは緊迫したものになった。 お互いのスピードは上がり、常人離れしていた。 黒騎士は重い剣にもかかわらず、素早い連撃を加えた。 カケルも全ての攻撃は受けきれず、吹き飛ばされるのだが、すぐに立ち上がり、一瞬で距離を詰めたかと思うと、左右の連打を加えるのだった。 戦いは互角のように見えた。 片方が猛攻を加えて追い詰め、攻められた方がたまらず下がると追撃を加えるのだが、攻めきれず一瞬の間をついて反撃に転じるということの繰り返しになった。 戦いの場所も右に左に素早く動くため、一瞬も目が離せなかった。 カケルは両方の腕をダラリと下げ、酔拳のように脱力したまま黒騎士の剣をかわし、一瞬にして攻撃に転じていた。 その姿はまるで拳法の達人のように見えた。 さらにカケルは何か呪文のように、常につぶやいていた。
「ぶっ飛ばす。 ぶっ飛ばす。 ぶっ飛ばす。 ぶっ飛ばす・・・・」
「これほどとは・・・」 リゲンは後の言葉が出なかった。
「こんな強さは、部隊長レベルじゃないですか?」 近くの兵士が言った。
「いや、我らでもあそこまではいかない」
「あの黒騎士はどなたなのですか」 内務の職長がリゲンにたずねた。
「それは、たぶん後ほどわかります」
「ジュリ姉、あの騎士って・・・」 ホーリーがジュリアンを見ると、ジュリアンが無言で頷いた。
「カケル、いいぞ、そんな奴ぶっ飛ばしてしまえ!」 エレインが立ち上がって、声援を送った。 ホーリーはエレインの袖を引っ張ると、首を横に振った。
「えっ、なぜ?」 エレインは納得がいかないような顔をしながら、渋々座った。
「おいレオン、カケルがここまでやるとは思わなかったぜ」 リースがレオンに言った。
「ああ、だが気にいらんな」
「何がだ?」
「俺がやってみたかった。 見ろ、体がウズウズして、体中鳥肌が立っている」 そう言うとレオンは左腕をまくるとリースに見せた。
「なるほど、だけど俺なら遠慮するね。 ボコボコにされたくないからな」
「ところで、あの黒騎士はいったい誰なんだ? あんなのうちのレギオンにいたか?」 リースはレオンにたずねた。
「バカ、あんな戦いできるのは、セシウス様を除いたら一人しかおられないだろうが」
「うーん、やはりそうなのか」
戦いは更にヒートアップしていった。 黒騎士の甲冑は胴の部分がボコボコにへこみ、腕や脚の部分の防具は破壊され、ほとんど残っていなかった。 剣もカケルにへし折られ、今や互いに拳と拳のど突きあいなり、次第に黒騎士がカケルに押されていっているのが、見ている者にも分かった。
黒騎士はたまらず後ろに下がり、距離をとると火球の連撃を加えた。 それに対してカケルは、右手で叩き落とすと左手で火球の攻撃を返した。 カケルの火球は騎士の火球よりも大きく、騎士はかわすことができなかった。 戦いの始めのころは、カケルの炎の攻撃にしろ風の攻撃にしろ、一瞬の溜めができるため察知され易々と避けられていたのだが、今ではタイムラグなしに撃てるようになっていた。 しかも威力も大幅にアップしていたのだった。 騎士の全身が炎に包まれると、騎士はレムの力でその炎をはじき飛ばした。 カケルはその一瞬を見逃さず、風の旋風で騎士を吹き飛ばした。 騎士の体は、竜巻のような暴風で闘技場の客席の壁まで吹き飛ばされ、壁にたたきつけられた。 黒騎士は倒れそうになりながらも、踏ん張った。 カケルは追撃を加えるため、素早く駆け寄ってきていた。 騎士はそれを迎え撃つために自分からも詰め寄ると、右手を伸ばし電撃を加えた。 カケルはその衝撃に一瞬体が硬直して、その場に膝をついた。 その間に騎士は体勢を立て直そうとして、距離を取った。
カケルはゆっくりと立ち上がると、天に向って右手を上げた。 するとみるみるうちに空に黒雲が現れた。 カケルは一気に右手を振り下ろすと、騎士を指さした。 突然、雷鳴と共に落雷が起こり、騎士を直撃した。 騎士は一瞬硬直したあと、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「すげえ」 観客の中から声を発した者がいたが、多くの者は息を飲んでいた。 誰もが勝負が決したと思った。 戦いが始まってから既に30分以上が経っていた。 空が赤く染まり、闘技場の真ん中に立ったカケルの影が長く西に伸びていた。
カケルは脚を引きずりながらも、倒れた騎士の方へ歩いて行った。 騎士はようやく立ち上がっていた。 カケルが騎士の目前までいくと、騎士は最後の力を振り絞り、右の拳をカケルに打ち込んだ。 カケルは左腕で受け流しながら、騎士の右腕を掴み、右手で甲冑の胴の端の部分をつかむと、柔道の体落としのような技で投げた。 カケルはそのまま倒れた騎士の上にまたがると、右腕を振り上げた。
「まずい!」 それをみていたセシウスは、客席から地面に飛び降りると、素早くカケルに駆け寄っていった。 カケルはそのまま拳を振り下ろし、騎士の頭部に拳を叩き込んだ。 騎士のカブトとバイザーが破壊され、中から金髪と緑色の目をした女性の顔が現れた。 女性の緑色の目は、まっすぐカケルを見つめていた。 カケルはもう一度右腕を振り上げ、とどめを刺そうとしているかのようだった。
「それまでだ」 セシウスはそう言うと、カケルの右腕をとり、拳を止めさせた。
「ぶっ飛ばす。 ぶっ飛ばす」 カケルはそうつぶやきながら、まだ殴ろうとしていた。
「カケル、もう終わったんだ。 お前の勝ちだ」 セシウスは強くカケルに言った。すると、カケルの動きとつぶやきが止まった。 ゆっくりとセシウスの方に振り向くと、驚いたような顔をしていた。
「セシウスさん、どうしたのですか。 あれ、戦いは? 俺はどうなったのですか?」 そして自分の下で横たわっている女性を見て、更に驚いた。
「アンドレアスさん、なぜここに?」 カケルはアンドレアスに話しかけた。 とりあえずセシウスが、カケルの手を引き上げて立たせた。
「お前、意識がないまま戦っていたのか? 何か不自然だなとは思っていたが。 とにかく、お前の勝ちだ」 セシウスがカケルにそう言っていた時、観客席にいたレギオンの人達が全員降りてきて、カケルの周りを囲んだ。 そして次の瞬間、驚くべきことが起きた。 人々が一斉にカケルに対して、膝をついて頭を垂れたのだった。 カケルはその異様な光景に驚き、と同時に言葉では表せない感覚を味わった。
「レギオンの連中が、お前を認めたのだよ。 我々の王として仕えるに値する者としてな」 セシウスはカケルに言った。
「あ、ありがとう。 申し訳ないが、驚きで今はこれ以上なんといって良いのか分からない」 カケルは困惑しながら言った。 そう言うと、気が抜けたのか、突然全身に激しい痛みが起こり、気を失ってしまった。
「誰か、カケルをレーギアまで運んで、休ませてやってくれ」 セシウスがそう言うと、数名がカケルを運んで行った。
セシウスは、倒れていたアンドレアスに右手を差し出すと、起きるのを助けた。
「狙いどおりか?」 セシウスは疲労の色が見えたアンドレアスに言った。
「期待以上だ」 アンドレアスは憮然としながら言った。
「それにしては、面白くなさそうだな。 最後の方は大分ムキになっていたようだが」 アンドレアスに肩をかしながら、セシウスが言った。
「クソッ、メチャクチャ殴りやがって。 あのしつこさはウンザリする」
「おいしいところを独り占めしようとするからだ」
「良く言うよ。 お前も楽しんでいたくせに」
「うーん、こっちの方が良かったな」
「ふん、お前がやっていてもボコボコにされていたぞ」
「そうかもな。 これで後は最終関門だけだな」
「そうだな、ここまできた以上、最後もクリアして欲しいものだ」