4-12 天聖球を継ぐ者(1)
扉を開けると、そこは明るい広い空間だった。 丸いドーム型の空間に大きな扉が4箇所あった。 ドームの中心には、少し高くなった丸い10畳ほどの広さの部分があり、その中心の台に緑色の光りを放つ丸い玉が見えた。 その空間の周りは丸く崖になっており、こちら側と約20メートルの距離を隔てられていた。 そこへ行くには、一本の階段状になった吊り橋を渡るしかなかった。
俺は吊り橋の方へ歩いていきながら考えた。
(あの緑の玉が天聖球なのだろう。 誰もいないということは、俺が最初なのか?) 吊り橋を渡り始めた。 グレンが後ろをついてくる。 橋の下は暗く、深さがどれくらいあるのかは分からなかった。 吊り橋を渡りながらも、脚が重かった。
(このまま俺なんかが王になって良いのだろうか。 他の人がなるべきじゃないのか) そう考えながらも、もう半分まで来ていた。 前方の台の上には、大きなダイヤモンドのような形の透明の箱の真ん中に、緑色に輝く球体が見えた。 その脇には三本の細長い棒状のものが立てかけられていた。 それは赤色と緑色と薄紫色の透明な物質でできていた。
もう少しで中央の空間にたどり着くというとき、突然“ビシッ”という音と共に右腿の後ろに痛みを感じた。 それと同時に階段を踏み外し、バランスを崩してしまった。 左手で吊り橋のロープにつかまろうとしたが、掴みそこねそのまま吊り橋から飛び出してしまった。 残った右手でロープと吊り橋を繋ぐロープを何とかつかみ、谷底への落下だけは免れた。 グレンが吊り橋の入り口に立つ人物に向って吼えた。 俺がそちらを見ると、そこにはヒョウマと呼ばれていた男が、右手でピストルを撃つような格好で立っていた。
(えっ、俺はもしかしたら撃たれたのか?) 俺は左手で痛みを感じた部分に触れてみると、手に血が付いた。 男は吊り橋をゆっくりと渡ってきた。 俺は吊り橋に登ろうとしたが、男が登って来る揺れと自身の疲れによってなかなか登れなかった。 そうしているうちに、ヒョウマが目の前まで来た。 こちらを一瞥すると言った。
「悪いな、あんたには恨みはないが、俺の前を行かせる訳にはいかないのでな。 手加減はしておいた」 そう言うとそのまま吊り橋を渡りきった。 俺の方は、手が持たなくなってロープをついに放してしまった。 落下していく体が“ガシッ”という強い力で捉えられ、落下が緩やかになった。 グレンが俺の体をつかまえていた。 しかしグレンも疲れていたので、もう俺の体を持ち上げて飛ぶ力は残っていなかった。 グレンは落下を押さえながら、崖の途中にあった狭い岩場に下ろすのが精一杯だった。
玉座の間の広間で見ていた者たちに、どよめきが起こった。
「ヒョウマがカケルを撃ったよな、あれは反則じゃないのかい?」 リースがレオンに言った。
「反則じゃない、お互いに王座をかけて戦っているのだからな。 だが気にいらないな」レオンが言った。
アンドレアスは、「チッ」と舌打ちをした。
(モタモタしているから、こんなことになるのだ)
ヒョウマは天聖球の前に立った。 球自体は直径15センチほどだと思われた。 水晶なのか他の物でできているのかは分からないが、明るいグリーンの光がうごめくように光を放っていた。 その外側を、クリスタルの結晶のような物で固められているようだった。 天面に穴が開いており、そこにクリスタルのカギを差し込むのだろうと思われた。 ヒョウマは脇に立てられた3本の“カギ”の前に立つと、腕を組んで考えた。
(さて、どうするか、どれが正解なんだ。 色の違いの意味はあるのか?) 考えながら、右手の指を3本のカギの前で行ったり来たりさせていたが、やがて動きが止まった。
(ええい、ままよ、直感で好きな色を選ぶしかない) ヒョウマは左端の赤のクリスタルを手に取ると、穴に差し込んだ。 天聖球を覆っている透明の箱の部分に変化は無く、赤いカギは細かく砕けて、消え去ってしまった。 それと同時に、ヒョウマが立っていた床が突然4角く抜けて、ヒョウマは暗い空間に吸い込まれていった。 そしてその後、床は何事も無かったように元に戻った。
俺は腿の痛みに耐えながら、崖の岩場を少しずつ登っていた。 手や足をかける場所はあったので、少し時間はかかるがなんとか登れそうだった。 グレンが少し上空を飛びながら、心配そうに見ていた。
(ヒョウマはどうなった?) 俺はヒョウマが落ちるところは見ておらず、いつの間にかいなくなったので、驚いた。 天聖球はそのままだった。
(カギの選択に失敗したということか) そんなことを考えていると人が入ってくる気配がした。
「九十九じゃないか、どうしたんだ」 崖の上から上代が声をかけた。
「吊り橋から落ちた」
「待っていろ、何かつかまるものを探してくる」 と言って探しに行こうとした。
「いや、いい。 俺はもう少しで、自分で上れる。 それよりまだ王選抜は終わっていない。 お前は吊り橋を渡って、あそこへ行くんだ」 俺は天聖球の方を指さした。
「しかし・・・」 上代は躊躇した。
「お前が正解のカギを引くとは限らない。 俺だってまだ諦めていない。 意外と残りものに福があるかも知れないからな」 俺は笑いながら言った。
「分かった、それじゃ先にいくぞ」と言うと、上代は吊り橋の方へ向った。
上代は吊り橋を渡ると、カギが立ててある前に立った。
(2本しかない。 一本は使われたということか? 九十九が吊り橋を渡るだけで落ちるということは不自然だ。 他の候補者ともみ合ったのか) 残った緑色と薄紫色の棒状のカギを見つめた。
(この色にも意味があるはずだ、先王の思いが込められているはずだ。 問題は何を期待しているかだ) ユウキは、薄紫色のカギを取ろうとしたが、直前で手を止めた。 そして崖を登っている九十九の方を見た。 それから少し間を置いてから、決意したように緑色のカギをつかむと、天聖球を覆ったダイヤモンドのような形をした箱の穴に差し入れた。 するとカギは粉々に砕け、消え去ってしまった。 それと同時に、ヒョウマの時と同様に床が抜けて、上代の姿は暗闇に消えていった。
俺は、上代が落ちていくところを見ていた。
(何をやっているんだ。 アイツが読みをはずすなんて。 もしかしてアイツ、俺に気兼ねしてわざと間違えたんじゃないのか) 岩に手をかけて登りながら一人で色々と考えていた。 ようやく外側の床の縁に手がかかり、なんとか元の床まで登り切った。 右腿の裏はまだ痛むが、どうやら出血は止まったようだった。




