4-10 旧レーギア(7)
その部屋というかドームのような巨大な空間は、巨大な氷山で埋められていた。 氷は青みがかった透明度の高い氷でできていたが、出口があるであろうこの氷山の向こう側までの距離はいくらあるのか分からなかった。 ヒョウマは「ヒューッ」と口笛を吹くとあきれたように言った。
「この氷と天井の隙間を通るというのは、無理か。 この氷を砕いていくしかないようだな」 ヒョウマがセシウスを見ると、あごに手をやりながら考え込んでいた。 ヒョウマは氷壁から一歩下がると、右手から炎を出し、氷を融かそうとしてみた。 しばらくすると、炎が当たっている部分の氷が少しずつ融けてへこみができてはいたが、予想外に融けなかった。 次に念弾を次々に撃ち込んだが、これも当たった部分の氷が部分的に砕けるだけで、大きな破壊は期待できなかった。
「これは手強いな」 ヒョウマがお手上げという仕草をした。
「この氷はレムの力で造られたものだ。 だから通常の方法では容易に融けない」
「なら、いよいよ将軍様の出番かな。 あるんだろう、すげえ技か何かが、今までずっと余裕っぽかったからな」
「俺はいつもこんな感じだが。 だが、まあ術がないわけではない」 そう言うとセシウスは剣を抜いた。 氷壁の正面で、両手に持った剣の剣先を氷に向け、それを腰溜めにかまえた。 更に腰を低くすると、深く息を吸い込みそれから静かに息を吐き出しながら意識を集中させていった。 すると剣の周りが赤い光に包まれていった。 更に剣自体が赤く熱せられた鉄のような状態になった。 さらに剣の輝きが激しくなった時、突然セシウスが動いた。
「ウオーーッ」と叫びながら氷壁に剣を突き立てた。 剣の赤い光が更に輝いたかと思うと、その光の塊が氷塊の中を通り抜けていった。 するとその光の通った部分の氷が一瞬で水に変わり、大量の水が噴き出して、セシウスの体に浴びせかかった。
氷山から水が抜けた後には、約直径1メートルのトンネルが30メートルほど続いていた。
「すげぇ、俺にもできるかな、それ」
「そうだな、いずれできるかもな」 ずぶ濡れになった顔を拭きながらセシウスが言った。
ユウキとジュリアンが出た場所は、ゴツゴツとした岩場だった。 よく見ると岩陰で何かがゴソゴソ動いている、しかも一カ所だけでは無くあちこちで動きが見られた。
「気をつけて、何かいるわよ」とジュリアンは弓を構えながら言った。 松明の薄暗い灯りの中、用心深く岩陰をのぞいてみた。 そこにいたのは、体長2メートル以上のアルマジロのような動物だった。 アルマジロと違うところは、鎧のような外皮の上に大きなトゲのようなものが沢山生えていることだった。 時折見える緑色に光る目がこちらを見つめていた。 アルマジロたちは岩陰から一斉に動き出し、突然空中に飛び出したかと思うと体をボール状に丸め、2人をめがけて体当たりしてきた。 ユウキとジュリアンは、岩場で体勢を崩しながらもかろうじてかわした。 しかし安心している暇はなく、次々とアルマジロたちが襲ってきたのだった。 ユウキの剣もジュリアンの矢も鎧のような外皮には通じなかった。 やがて岩で足を滑らせたジュリアンは、アルマジロの鋭いトゲをかわしきれず、右上腕と右腿に傷を負ってしまった。
「大丈夫ですか」 ユウキが声をかけた。
「大丈夫、かすり傷よ。 それより注意して、また来るわ」
(まずいぞ、どうする) とその時、あることに気がついた。
(そうか、いけるかもしれない) ユウキは手前の地面に手をつくと、岩場に大きな亀裂を作り出した。 幅が10メートル以上あり、アルマジロたちもさすがにそれは越えられないようだった。 しかし亀裂のこちら側にも3頭のアルマジロがいた。 すこしずつ近づいてくるアルマジロに向って、ユウキは右手を向けた。 するとアルマ ジロの動きが止まり、急に苦しみだしたかと思うと、「ギャオッ」という悲鳴のような声を上げて口から血を吐いて倒れた。 ユウキはその少し後ろを歩いていたもう一頭にも、同様に手を向けた。 そのアルマジロも同じように血を吐いて倒れた。 残った一頭はその様子を見て、急に後ろを向くとそそくさと逃げ出した。 ユウキはジュリアンの側にいくと、ジュリアンは傷口に包帯を巻いて止血しているところだった。
「何をやったの?」
「血を見たときに、血も液体だからもしかしたら制御できるのではないかと考えたんです。 それで奴らの血を逆流させて頭に集中させるイメージでやってみたんです。 ところで回復薬は飲んだのですか」
「残念ながらさっき倒れた時に、割れてしまったの」
「これを飲んでください」 ユウキは自分が持っていたのを差し出した。
「それはあなたが持っていて、まだ必要になるかも知れないから」
「いや、あなたが飲むべきです」
「分かったわ」 少しためらいながらも、回復薬の青い小瓶を受け取り、一気に飲んだ。 しばらくすると、傷口の出血が止まり痛みも薄らいだ。 ジュリアンは肩を回し、右手を握ったり開いたりしながら感覚を確かめていた。
「聞いて、どうやら私はここまでね。 これから先は足手まといになる。 もう少しすれば弓は引けるようになるでしょう、でも感覚が戻らない、精度も威力も格段に落ちてしまうわ。 それと脚のほうも、歩けるようにはなるかも知れないが走れないわ」
「しかし、ここに置いていくわけには」
「いいの、私は大丈夫、あなたは先に進まなければいけない。 もう少しよ」 ジュリアンは立ち上がり、ユウキの背中を押した。
俺とグレンは、エレインとホーリーと別れた後、不思議な花園に出た。 地下のはずなのに明るく、開けた場所に紫の大きなバラのような花が咲き乱れていた。 今回は楽勝かと思ったら、さすがに甘くは無かった。 花の周りの細長い葉は触手のように自在に襲って来るのだった。 この花は食虫植物(いや食人植物?)で、葉で鞭のように巻き込み、花の中心の口へ取り込もうとするのだった。 あまりの執拗な攻撃にグレンが頭にきて、空を飛びながら片っ端から炎で焼き払った。 俺は鞭のような葉の攻撃を剣でかわしつつ、同時にグレンの炎を避けなければならず、少しも気が抜けなかった。 だがグレンがほとんど焼き払ったため、クリアすることができた。




